天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。……『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』……ところが、一タラント預かっていた者も来て、言った。『……あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。』(マタイ25:14~25)
イタリアのミラノで開催された冬季オリンピックに出場した選手たちは、この日のために10年、20年、人生をかけ、毎日トレーニングを積み、食生活も節制しています。いくつもメダルを取るような人は、大会中もトレーニングを欠かさないそうです。
私たちの信仰も、付け焼刃的なものではだめです。毎日、毎週、毎月、毎年、信仰を働かせ続け、たとえ小さな祈りでも祈り続け、毎日少しでも聖書を読み、日曜日の礼拝を守る、奉仕する、証しする、というようなクリスチャン生活を積み上げていきましょう。
信仰生活は、一瞬で終わる100メートル走ではなく、マラソンに例えられると思います。イエス様によって人生をスタートさせていただいて、悪魔の妨げや世の中の妨害、困難や不安があっても、イエス様によって与えられた競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか(へブル12:1)。
今日の聖書の箇所は、イエス様が語られた有名なタラントの例えのお話です。あるところに大変裕福な主人がいて、長い旅に出る前に、彼のしもべたちに財産を委ねていきました。5タラント、2タラント委ねられたしもべは、商売をしてさらに5タラント、2タラントもうけました。
私たちが注目しなければならないのは1タラント預けられたしもべです。すぐに土の中に埋めて何もしませんでした。ずいぶんたって主人が帰ってきたときに、5タラント、2タラントもうけたしもべのことを、主人は大変喜び、褒めました。しかし、3人目の何もしなかったしもべの言い訳を聞いた主人は、悪い怠け者だと厳しく言い切って、そのタラントを取り上げられたのです。
今日注目したい言葉は、21節の「わずかなものに忠実だったから」です。
1. 確かに委ねられたものがある!
神様は、私たちが困ったときに思い出す、心の中だけの神様や昔話の神様ではありません。聖書の神様は、天地宇宙の創造主であり、いのちの根源であるお方です。今も生きて働いて私たちに関わり、恵みを分かち合ってくださる神様です。
クリスチャンとしてイエス様を信じて歩むなら、イエス様から委ねられ、託された賜物が確かにあることを認めましょう。自分に与えられた人生の長さ、与えられた時間、信仰の思い、奉仕の能力など、神様から与えられているものがあることに気付きたいと思います。
2. 委ねられたものを用いよう! 働かせよう!
3人目のしもべが、能力に応じて委ねられた1タラントを用いず活かさず何もしなかったのは、大きな失敗です。「5タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに5タラントもうけた」とあるように、委ねられたもの、託されたものをちゅうちょなく確実に用いて働かせて、使う者になろうではありませんか。
3. 委ねられた “わずかなもの” を大切に!
神から委ねられたものが特別なものではなく、たとえわずかなものにしか見えなくても、それを用いるなら、大変価値のあるものになるのです。与えられている “わずかなもの” を忠実に用い続けることの積み重ねの中で、主人である神様から「良い忠実なしもべ」と呼んでいただきたいと思います。
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