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キリスト教名著再読

『ファビオラ』 初代ウェストミンスター大司教の枢機卿が描く殉教物語

2026年4月1日22時56分 執筆者 : 栗栖ひろみ
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『ファビオラ』 初代ウェストミンスター大司教の枢機卿が描く殉教物語+
ニコラス・ワイズマン著、森雅子訳『ファビオラ』(中央出版社、1947年)

本書は、カトリック教会の頂点に立つローマ教皇の最高顧問である枢機卿が書いた歴史小説。迫害に屈せず、信仰を守り通したキリスト教徒たちの崇高な姿が美しい文章で描かれており、世界に感動を与えた。また、カトリック教会の聖職者が小説を書いたことも当時の人々を驚かせ、話題となった作品である。

作品について

本書は、英国の初代ウェストミンスター大司教、ニコラス・ワイズマン枢機卿(1802~65)の手によるキリスト教徒殉教の物語である。

紀元300年初め、マクシミアン(マクシミアヌス)帝統治下のローマでの迫害は苛烈を極めた。その史実の中で、さまざまな階層の人々が織りなす人間模様の中にキリスト教が少しずつ浸透していく様が、卓越した筆で描かれている。

ワイズマン枢機卿は本書によって広く文名をたたえられているが、彼は聖職者としての務めの中にあっても、古今の学問に親しみ、絶えず勉強に励んでいたと伝えられる。本書の日本語訳は1908(明治41)年に三才社より出版され、1923(大正12)年に厚生閣から改訂再版が出された。

あらすじ

紀元302年のこと。ローマにあるクィリーナの丘の麓に、未亡人ルチナが息子パンクラティウスと共に暮らしていた。2人はキリスト教徒で、ルチナの首には、亡き夫の殉教の形見として、夫の血を入れたペンダントがかけられていた。

同じクィリーナの丘には、貴族のファビウスが一人娘のファビオラと共に暮らしていたが、ファビオラはわがままで傲慢(ごうまん)な娘だった。

今日も彼女は女奴隷シラの言葉が気に入らず、短刀で腕を切りつけ、傷を負わせた。遊びに来ていたいとこのアグネスは、これを目撃して心を痛め、シラを自分に譲ってほしいと言うが、なぜかシラは女主人ファビオラの元を離れたくないと言うのだった。

ファビウスの宴会には、近衛士官のセバスチャンや社交会の花形で遊び人フルヴィウスが客として来ていた。フルヴィウスはアグネスの清らかな美しさに引かれ、近づこうとする。

一方、アグネスとシラ、そしてアグネスが世話している盲目の娘セシリアは、密かにイエス・キリストを信じており、主にある姉妹として心が結ばれていた。

セバスチャンは職務に忠実で皇帝の信頼も厚かったが、それ以上に立派な人格者だった。キリスト教徒の彼は宮廷に自由に出入りできる身であったので、周囲の人にキリストの福音をそれとなく伝え、彼らに感化を与えていた。

彼を兄のように慕うパンクラティウス少年が、時が来たら殉教のために身をささげたいという望みを打ち明けたところ、これをこっそりと聞いていた知事の息子コルヴィヌスは、パンクラティウスがキリスト教徒であることを知り、陥れようと考える。彼は、パンクラティウスの元学友で、彼と教師カシアヌスに恨みを抱いていたからである。

一方、フルヴィウスはアグネスに恋心を抱き、彼女に求愛したところきっぱりと断られ、相手がキリスト教徒であるのを理由に告発しようと考えた。この時から、コルヴィヌスとフルヴィウスは、キリスト教撲滅を図る国策に協力するために手を握り合った。

そんな時、突然ファビオラの父ファビウスが死去する。悲しみに打ちひしがれたファビオラがアグネスの別荘に行くと、そこで見たのは、アグネスとシラ、セシリアが天国での幸せを語り合い、主を賛美する姿であった。その姿は何かしら彼女の心を揺さぶるものがあった。

いよいよローマ政府から「キリスト教禁止令」が出され、役人が町角に勅令を書いた羊皮紙を釘で打ちつけた。すると、パンクラティウスは自分の持っているナイフでこれを剝がし取り、火にくべてしまった。

彼を追っていたコルヴィウスは、柱の下に落ちているナイフを発見する。パンクラティウスを陥れるこの上ない証拠を握りしめたのだった。彼は、知事である父のテルトゥルスからキリスト教徒の逮捕と処刑に関する重い役目を負わされていたのである。

そしてある日、コルヴィヌスとフルヴィウスは、キリスト教徒たちの集会の場所がカリストゥス墓地であることを突き止め、彼らを逮捕するために踏み込む。しかし、当てにしていた信者たちの姿は見えず、祈るためにそこを訪れたセシリアだけが目に入った。

セシリアは逮捕され、尋問されるために知事官邸に引いていかれた。そして知事の厳しい追求と拷問にあったが、耐え抜き、やがて一輪の花がしおれるように、安らかな顔で天に召されていった。

キリスト教徒を一網打尽にと命じられたにもかかわらず、盲目の娘一人しか捕らえられなかったことで、コルヴィヌスは父からひどく叱られ、折檻(せっかん)された。彼はこのことで一層腹を立て、その怒りはパンクラティウスと、昔学校で自分を諭し、教訓を与えたカシアヌスにまで及んだ。

ある日、学校に乗り込んだ彼は、生徒たちを扇動してカシアヌスに暴行を加え、死に至らしめた。そして、拾ったナイフを皇帝に見せ、パンクラティウスを逮捕、投獄する許可をもらったのだった。

その日、パンクラティウスは他の信者と共に獄から引き出され、闘技場に送られた。廊下には母ルチナとセバスチャンが見送りに来ており、母はわが子の首に、父の形見の「殉教の血」が入ったペンダントをかけてやる。

パンクラティウスは、恐れる様子もなく場の中央に立った。飢えたヒョウが放たれた。ヒョウは少年の背後から襲うのを恥じたように正面に回って、片脚をその胸にかけ、喉を食い破った。パンクラティウスは、一瞬よろめいたが踏みとどまり、微笑しつつ、片手を唇に当ててセバスチャンにあいさつを送り、殉教を遂げた。

迫害は苛烈を極め、ファビオラの叔父クロマティスや使用人たち、友人たちもキリスト教徒であることが判明し、投獄された。フルヴィウスは、セバスチャンを陥れようと、彼がキリスト教徒であることを皇帝に訴え出る。

皇帝は、寵愛(ちょうあい)していたこの士官に裏切られたような気持ちになり、激怒した。そして、彼を捕らえて特別な刑に服させるよう命じた。それは、アドーニスの森に連行し、松の木に縛りつけ、矢の達人たちによって全身に矢を打ち込ませて長く苦しめる刑罰だった。

しかし、セバスチャンは、自分が主の苦しみにあずかったことを光栄に思い、大声で賛美歌を歌いつつ天に召されたのだった。

また、フルヴィウスはアグネスに対して諦めることなく求婚を続けたが、アグネスは言うのだった。「私は既に神様にこの身をささげております」と。そのアグネスもついに捕らえられ、知事官邸に連行された。

知事は彼女がまだ少女であり、清らかな美しさを持っていることがふびんになり、命を助けようとしたが、彼女はありったけの力を振り絞ってイエス・キリストの恵みを証言した。そしてその翌朝、官邸内で斬首され、天国に凱旋(がいせん)したのであった。

ファビオラはシラと共にその遺体を引き取り、自分の邸宅の庭に埋葬した。ファビオラは、いつぞやシラが自分の元を離れたくないと言うのを聞いて以来、シラに対して奴隷ではなく妹のような愛情を感じるようになっていた。そして、アグネスも、セシリアも、さらに淡い憧れを抱いていたセバスチャンもいなくなった今、シラだけは自分のそばから離したくなかった。

一方、アグネスを失って以来、フルヴィウスは自暴自棄になり、全ての不幸の原因はファビオラにあると考え、彼女に対して殺意を抱くようになる。そしてある日、隙を見て彼女を刺し殺そうとした瞬間、シラがその体の上に身を伏せて彼女をかばったのだった。そして、思いがけない言葉を口にしたことから、シラの素性が明らかになったのである。

シラはもともとミリアムという名で、以前オロンティウスの名であったフルヴィウスときょうだいであった。彼らはアンティオキアの生まれで、過酷な運命に押し流されるように家族離散の末、このローマで再会したのだった。

話し終えた後、ミリアムはファビオラにみとられて、その清らかな魂を神にお返ししたが、その直前に最後の力を振り絞ってイエス・キリストの十字架の赦(ゆる)しと愛を語り、ファビオラもその救いにあずかり、永生の幸せを得るように願うのであった。

それから10年後、マクシミアン帝は滅び、ローマはコンスタンティヌス大帝によって統一され、ミラノ勅令によってキリスト教が公認された。大帝の長女コンスタンシアは、アグネスの信仰をたたえるため、聖堂を建てた。

あの残虐な知事テルトゥルスと息子コルヴィヌスも滅び、ローマに平和が戻った。ファビオラはシラの遺言の通り、洗礼を受けてキリストを信じる者となり、前非を悔いたフルヴィウスも修道士となってローマに戻ってきた。彼らはそれぞれ残る生涯をイエス・キリストにささげ、その証人となったのだった。

見どころ

知事は優しく声をかけて、「おまえの名は何というか?」「セシリアと申します」(中略)「おまえ、キリスト教を棄(す)てないかね? 貧乏な盲目のままで放っておかれながら、キリスト教なんか信じていたって始まるまい」(中略)「私はこんなに貧乏で、着物も食物も粗末なことをどんなに感謝しているか分かりません。(中略)あなた様が暗黒と思し召すところに、私は光明を認めております。それは、私のお愛しするただ一人のお方の放ちたもう御光でございます。それは、大変美しく、優しく、とても言葉で言い表せませんほどで、地上の物など見えない方がかえってましでございます」(最初の花、220~221ページ)

場内は水を打ったような静けさ。一同は瞳を据えて、そろそろと少年のそばにはい寄る猛獣の動作を見つめている。パンクラティウスは皇帝に向かって立ったまま、天を仰いで祈りに心を奪われていたので、猛獣の挙動には少しも気がつかなかった。ヒョウは弱い敵を後ろから襲うのを恥じたかのように、真正面に回り、一度地に伏して狙いを定め腹ばいながら、適宜の位置まで進んで立ち止まった。と思うと、一声すごくほえてその長い体は輪を描いて宙を飛び、後脚を少年の胸にかけ、前脚の爪を首に刺し込んで、のどを深く食いやぶった。

パンクラティウスは一瞬間踏みこらえて、右手を唇に当ててほほ笑みながら、セバスチャンを眺め、手まねで最後の祝福を送って倒れた。頸(けい)動脈を切られたので、パンクラスは間もなく息絶えた。首にかけた父の形見の尊い血は、今その子の清い血に混じって、再び鮮やかな色を呈した。(パンクラティウスの出陣、279ページ)

セバスチャンは五人の射手の中央に守られ、立会人として列席する弓手組の兵卒らに護衛されて、宮殿からほど近いアドーニス神にささげられた森の中の広場に引き出された。着衣を剝ぎ取られ、木につるされた彼の前に、五人の射手は冷然として立ち並んだ。死は目前に迫った。(中略)ここには一人の友もなく、一人の味方もない。(中略)何というさびしい殉教! だが、そんな事はセバスチャンにとっては問題ではなかった。天を仰げば、多くの天使たちがほほ笑みつつ勝利を待っている。昇る朝日にも勝る神の御光は、真っすぐに彼の心に射し込んでいたのである。(救助、295ページ)

獄吏は一番小さな手錠をより出してアグネスの手首にはめたが、アグネスがほほ笑んで手を握るとするりと抜けて足もとに落ちた。(中略)知事は怒って「余計なことを言うな!」と叱りつけたが、アグネスに向かっては幾分優しく、「(中略)わしはどうかしてその方を助けてやりたい。もう一度考え直してみる気はないか。皇帝の命令に従い、キリスト教を棄てて、国の神々に供物をささげてはどうじゃ?」「いくらおっしゃっても無駄でございます。私はあなたのおっしゃる神々を軽蔑いたします。唯一の真の神より他には、礼拝いたすことはできません……。」後は自然に祈りになった。

(前略)群衆の中にも憐(あわ)れみの情が動いてきたのを見て取った知事は、気をいら立てて、「暇つぶしだ。書記、宣告文を書け。貴族アグネスは皇帝の命に従うを拒みしかどにより、斬罪に処すと」「どこで執行いたしましょうか?」「すぐここで斬れ。」 アグネスは天を仰いで両手を広げ、静かにひざまずいた。そして、長い髪を自ら前に寄せて顔を覆うと真っ白な首を刃の下に差し出した。そのありさまは、露の重さに耐えかねてかがんだ白百合の花のようであった。(アグネスの殉教、328~329ページ)

ミリアムはファビオラの手を取って、「もうお別れでございます。今まで行き届きませんでしたところや、悪い例をお見せいたしましたことをどうぞお赦しくださいませ。」 ファビオラは耐え切れなくなって、泣き伏した。ミリアムは優しくそれを慰めて、「口が利けなくなりましたら、どうぞ十字架を唇にあててくださいませ。」(中略)ファビオラが十字架を唇に押しあてると、うれしげにそれに接吻(せっぷん)し、指先を額にあて、それから胸に移して十字架のしるしをしながら、永遠の眠りについた。その頰にはほほ笑みの影さえ浮かんでいた。ファビオラは涙に暮れたが、しかし、今度の悲しみには希望が混じっていた。(栄光ある死、381~382ページ)

※ この記事は、ニコラス・ワイズマン著、森雅子訳『ファビオラ』(中央出版社、1947年)を基に執筆しています。引用箇所は、現代仮名遣いに変更するなど一部改変しています。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

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