次いで一行は、世界遺産になった秦始皇帝の兵馬俑博物館を見学し、その大きさと多様な兵馬に驚いた。1974年に地元の男性のヨウさん(写真)が発見して発掘すると、膨大な数の兵馬や瓦などが見つかった。私たちが見学したときも、まだ発掘作業が行われていると聞いた。2022年は日中国交正常化50周年を記念して、京都市の京セラ美術館で兵馬俑の展覧会を開催している。兵馬俑は秦始皇帝の墓を守るために作られたというほど、地から出た人間の浅はかさを物語っていよう。日本でも徳川家康が遺言により、江戸城を守るために北極星を背にして水戸に東照大権現の神として、江戸時代が終わるまで死後も君臨し、死者の神に背くなら死罪になったのである。
キリスト・イエスは事実、死から栄光の復活により永遠の命を示され、見える姿で昇天された。キリストには墓もなく骨もない。生きた唯一の神、救い主としてあがめられ、賛美されるにふさわしい方である。
続いて陝西歴史博物館や華清池、無字碑のある博物館などを見学し、周至県楼観にある大秦寺の景教碑を見るためにバスに乗った。でこぼこ道を走りながら到着して、小高い丘の上にある景教館に向けて歩き出したら、私たちの後ろから数頭の馬に乗った現地の人たちが追いかけてきた。この馬に乗れば楽に行けると言うので、ガイドは交渉して馬タクシーで楽に登って行った。
ところが、帰りがけでトラブルが起きた。馬業者のグループたちが、料金が違うと迫ってきて口げんかとなり、ガイドが苦心した。私たちは傍観するしかなかった。どの地に行っても中国の広さや偉大さを体験した。
※ 写真は川口が撮影。
※ 参考文献
『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)
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