世界教会評議会(WCC)は2日、「希望の神学」で世界的に知られるドイツの神学者ユルゲン・モルトマン氏(93)を講師に招き、スイス・ジュネーブのWCC本部で公開講演を開催した。
モルトマン氏は講演の冒頭、「民族主義的な力の政治は、もはや真実に関心がありません。彼らは平和の仮面を付けて、経済制裁やサイバー戦争、フェイクニュースやうそなどを用いたハイブリッド型の戦争をしています」と指摘。「客観的事実はもはや存在せず、あらゆる既存の主張を正当化できる時代、偽りと事実を区別できなくなった時代」だと言い、こうした「ポスト真実(post-truth)」の時代における「真理の精神(spirit of truth)」をテーマに語った。
講演は、モルトマン氏の新著『困難な時代の希望(原題:Hope in These Troubled Times)』を記念したもの。「真実は信頼を生み出し、信頼は平和を生み出します。平和がなければ、生活は成り立ちません。偽りに対抗する真実の闘いは死活問題であり、人類の生き残りのための闘争です」。モルトマン氏はこう述べ、今日の変容しつつある真実をめぐる在り方について、科学知識の扱い方、人間の真実性、神によって明かされる真理――の3点に焦点を当てて語った。
科学知識は「人道的かつ生態学的」に
モルトマン氏は、科学知識はすでに科学技術文明の一部として世界中で確立されていると指摘。「科学知識は10年ごとに倍増しますが、人間にはこの力を制御する力がありません。人間の探究本能と競争心は、人間の進歩を余儀なくさせます。人間は進歩せざるを得ない定めにあるのです」と語った。
その上で、このような自己破壊的なシステムから抜け出す方法は、「人道的かつ生態学的な知恵」を採用することだと主張した。人類が持つ膨大な知識を、生活の助けとなる形で取り扱い、トランスヒューマニズム(科学技術を使い人間を超人的に発展させようとする考え)的な方法で人類を発展させるのではなく、さらに地球の居住性を維持するためには、科学知識を「人道的かつ生態学的」に用いることが必要だという。
人間の真実性=人格
一方、モルトマン氏によると、人間の真実性は、その人の「人格」に集約されるという。
「信頼は自由の住まいです。自由な人々が社会的に共存するところには、約束と信頼が織りなす仕組みが常に伴います。信頼性と誠実さは、その人の真実性を示す特徴なのです。その意味で、『人格』こそ(人間の)真実性なのです」
完全なる真理は「明かす」のではなく「明かされる」
「私たち人間は、自分たちが生き残るのに必要な以上の知識を持っており、それ以上の知識を望みます」。モルトマン氏は、人間のこのような性質を述べた上で、こうしたやむなき真理の探求において、次の視点を欠いてはならないと語った。
「人間の真実性は、われわれの真実な精神と正直な心の内に秘められている。そして神の内に秘められているもの、つまり純粋で完全なる真理は、(私たちがそれを知るためには)私たちに対して『明かされ』なければならない」
その上でモルトマン氏は、「信仰において、私たちは永遠の真理なるお方の自己啓示にとらえられ、真理の御霊が私たちを前進させ、真理なるお方を探究させ、平安を追い求めさせるのです」と続けた。
キリスト教神学、政治神学、生態神学、希望の神学の優れた思想家であるモルトマン氏は、詩編36編10節の御言葉「あなたの光に、わたしたちは光を見る」を引用して講演を締めくくった。
WCCのオラフ・フィクセ・トヴェイト総幹事は講演後、モルトマン氏に感謝の意を示し、「人の命や、神や人と共に歩む生という深遠な問題に取り組む機会を与えられました」とコメント。「モルトマン先生は、このような多元的なテーマを提起することで、私たち自身についてとても深く考えさせてくださいます。そして同時に、これらの問を私たちが自身に問うようにすることで、テーマに関して神学的、哲学的な分析だけでなく、政治的な分析も提供してくださいます」と語った。
1926年にドイツ・ハンブルクで生まれたモルトマン氏は、戦後の現代神学を代表する神学者。10代の頃にナチス・ドイツ軍に従軍し、第2次世界大戦中は捕虜になった。しかしそこで神学に触れる機会を与えられ、神学部へ。さまざまな大学で教鞭を執りながら幅広く講演活動を行い、現在は独テュービンゲン大学名誉教授。『希望の神学』のほか、『わが足を広きところに:モルトマン自伝』『希望の倫理』など、邦訳書も多数出版されている。