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ジョージ・ミュラーの生涯

日ごとのパンを求めて―ジョージ・ミュラーの生涯(4)ベータという名の学友

2026年5月27日21時48分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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百人一読―偉人と聖書の出会いから(30)ジョージ・ミュラー 篠原元+
ジョージ・ミュラー(1805~98)

1825年4月。ノルトハウゼン校を優秀な成績で卒業したミュラーは、ハレ大学神学部に入学した。ここで彼は牧師になるために神学生として「聖書学」「説教学」の基礎を学んだ。

彼は抜群の成績で全ての教科を修得していったが、相変わらず彼の心には漠然とした不安の黒雲がかかっていた。

ハレ大学といえば名門校であり、中でも神学部はなかなか一般の者は入学が難しいと言われていたのだが、この大学の学生となっても少しの喜びも晴れがましい思いも湧いてこないのである。

そもそも彼は父親に説得されて、前科ある自分の人生と決別するために神学校に入ることにしたのだから、他の学生のように大きな夢と理想を抱いてこの大学の門をくぐったわけではなかったのである。

ミュラーは何の感情もなく入学式を迎え、高名な教授の授業を受けたが、そのうちに神学や哲学に夢中になった。そして、神学以外の学科として「フランス語」「ラテン語」の他、牧会に必要となる「ヘブル語」や「ギリシャ語」なども学んだが、その時だけは心の中にある黒雲を追い払うことができたのであった。そしてわずかの間に、全ての学科を驚くべき速さで修得したのである。

そんなある日。ミュラーはベータという名の学友と知り合いになった。彼はノルウェーの宣教師の息子で、父親亡きあと自分も宣教師になるためにこの大学に来たのだという。

あまり学友たちと話をしないミュラーだったが、なぜか一目見た時からベータに心引かれた。彼は熱心なクリスチャンで、どのような時にも祈りを欠かさず、その口で神を賛美していた。

それだけでなく、人間的に温かな人物であり、誰にも親切で、会った人とはすぐに友達になってしまうのだった。

(この人のそばにいると、春の日差しのように心が温かくなってくる。不思議な人だな)

彼は思った。そして、こんなことは一度もなかったのだが、彼に近づいてゆき言葉をかけた。

「あの……自分はこの町に誰も知り合いがないし、大学に入っても心を開いて語り合えるような友達がいません。友達になってくれませんか」

するとベータは驚いたように相手を見つめ、やがて微笑して両手でミュラーの手を握りしめた。──というよりはその手を自分の手の中に包み込んだ。

「喜んで」と彼は答えた。

二人が心を通わせ、親友になるのに時間はかからなかった。ある時、ミュラーはベータに自分の過去を包み隠さず打ち明けた。なぜか、自然にそうしたくなったのである。

「私は家族の温かみというものを全く知らずに育ったんです。父はお金の力を借りて私に何でもしてくれました。でも、それは自分の見栄のためにそうしていたんです。彼には自分の子どもに対する愛なんてこれっぽっちもなかった。それで──この私はさんざん町で悪いことをして犯罪者に成り下がったんです。1年近くも刑務所に入っていたんですよ」

じっとこちらを見つめるこの学友の目が、その時ふっと潤んだ。すると、せきが切れたようにミュラーは語り始めた。

「私は前科者なんです。本当言って、こんな神学校で学んで、牧師になるような資格なんてありませんよね」。涙がとめどもなく流れ落ちた。「私は──私は罪びとの頭(かしら)なんです」

こう言って涙を流し続けると、なぜか氷が溶けるように、気持ちが楽になるのを覚えた。

「私たちは誰でも、皆罪びとです」。静かな言葉が、ベータの口から流れ出た。

「故郷のノルウェーで洗礼を授けてくれた師が言いました。誰でも皆、神様の前に借金があるのだと。私たちは兄弟を愛せないという罪を持っているのです」

聞いているうちに、ミュラーの心の中に長年にわたって積み重なった氷が少しずつ溶けて流れ出していった。

「私の父は亡くなる少し前に、聖書を読んでくれました」。そう言って、ベータはある聖句を口ずさんだ。

すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイの福音書11:28)

そして言った。「あなた、ワグナーさんの家の集会に出てみませんか」

*

<あとがき>

ノルトハウゼン校でミュラーを教えた一人の教師は、彼の中に眠っていた語学の才能に早くも気付き、これを伸ばそうとしたのですが、ハレ大学の神学部に入学した彼は、「神学」や「哲学」に夢中になり、たちまち語学の才能をあらわすようになりました。

彼は、「フランス語」や「ラテン語」の他、「ヘブル語」や「ギリシャ語」なども楽に修得してしまいました。

そんなある日。ミュラーの人生を変えるような出来事が起こります。彼は、学友のベータと親しくなったのですが、ベータの人柄と信仰に引かれ、次第に心開いていくのでした。

そして、自分の暗い過去を話し、自分が罪びとの頭であると告白しました。すると、ベータの口から驚くべき言葉が発せられます。それは、誰でも皆、神の前に罪びとであること。そして、それにもかかわらず、イエス・キリストは、十字架の上で全ての人の罪を贖(あがな)われた──という福音書に記された神の恩寵でした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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