1819年12月。暮れも間近になった晩のことである。プロシア(現在のドイツ)のハイメルスレーベンの繁華街にある大きな賭博場は酔客でにぎわっていた。中央のテーブルには4、5人の若者が陣取り、酒を飲みながらカードゲームに興じていた。
「おまえの勝ちだ。おまえ、強いなあ、ジョージ」
「もう一勝負やろうや。賭け金ならいくらでもあるから貸してやる。おやじからたっぷりせしめてきたからな」。再びカードゲームが始まったが、またしてもジョージの勝ちだった。
「今夜はおれがおごってやる。一杯やろうじゃないか」。彼は、ザラザラとお金をかき集めて財布に入れると、仲間たちを引き連れ、すぐ近くの酒場に入っていった。
ジョージと呼ばれたこの若者の父親ヨハン・フリードリッヒ・ミュラーは、国税局の役人で、年が離れた妻ゾフィ・エレアノ・ハゼとの間に2人の息子がいた。
長男はフリードリッヒ・ビルヘルム・ミュラー、そして次男がこのジョージだった。ジョージの正式名はゲオルク・フェルナンド・ミュラーであるが、なぜか英国風にジョージと呼ばれていたのだった。
父親は仕事の都合上転勤が多く、家族を連れて各地を転々とした末、1810年にこのハイメルスレーベンの町に落ち着いた。彼は家を空けることが多く、息子たちにかまってやれない分、彼らを溺愛した。
ジョージが11歳になるころ、父親は2人を最高の教育を受けさせるために「ハルバーシュタット古典教育学校」に入れ、必要なものは何でも買い与えた。そして、まるで金を与えることが愛情の証しであると思われるほど小遣いをたっぷり与え、彼らがそれを何に使おうと構わずにいた。
申し分のない生活であったが、ジョージは両親が仲むつまじげに話をしているのを一度も見たことがなかった。また、どこの家庭でも見られるように、クリスマスやイースターの祝日に家族が一つのテーブルに着いてごちそうを食べて祝うということもなかった。
母親のゾフィは、体が弱かったせいもあり、あまり外に出ることがなく、家事は全て家政婦に任せきりだった。彼女はほとんど一日中自室にこもりきりで、手芸に余念がなく、用事以外は家族と口をきいたり、一緒に過ごしたりすることがなかったので、子どもたちはずっと寂しい思いをしてきたのである。
兄のビルヘルムに至っては、完全に「ひきこもり」になってしまっており、ほとんど自分の部屋で本を読むか、時折あまり上手とは言えない手つきで愛用のバイオリンを弾くかしているきりだった。
(こんなの家庭じゃない。ただの空っぽの家じゃないか)ジョージはしばしばつぶやくのだった。
「さあ、これで何でも好きなものを買いなさい」。珍しく家にいた父親は、今日もこう言って彼にお金をくれたのだった。
「おまえ、これで何を買うのかね?」
「欲しいものなんかないさ」。少し意地悪な口調でジョージは言った。「父さんは、お小遣いを何に使ってもいいって言ったよね」
「ああ、そうだ。何に使ってもいいぞ」
「実は、町に遊びに行くうちに友達ができたんだ。遊びに行ってもいいでしょう?」そして、ジョージはその小遣いを懐に入れると町に出、賭博場に入った──というわけだった。
こうして彼は、ここで知り合った不良たちと賭博をし、賭け金の倍ものお金をもうけたので、彼らを引き連れて酒場に入り、大騒ぎをした末、酔いつぶれて、この酒場の片隅で寝てしまったのだった。
翌日、日が高く昇るころ、ジョージは重い足を引きずるようにして家に帰った。ところが、家では上を下への大騒ぎが起きていた。母親のゾフィが急性の心臓麻痺で明け方死去したのである。
臨終の儀式も済み、教会の牧師が帰るところであった。そして、急きょ呼ばれた葬儀屋があれこれと手配をしていた。
「おまえ、母さんが死んだというのに、どこへ行ってたんだ!」父親は怒鳴りつけた。(死んだ? 母さんが?)ジョージはぼんやりとこうつぶやいた。
何ということだろう。母親が臨終の苦しみをしている最中、自分は友人たちとカードゲームで遊び、大酒を飲んでいたのだ。しかし、ただうつろな思いの中で、悲しみはなかった。
*
<あとがき>
今日から「ジョージ・ミュラーの生涯」の連載が始まります。彼は英国のスラム街に孤児院を建て、2千人もの孤児を養ったといわれる篤志家です。
彼の幼少年時代のことはあまり知られていませんが、彼の父ヨハン・フリードリッヒ・ミュラーは、国税局の役人で、息子たちを溺愛し、どんなことでも金銭で解決しようとして、自分が面倒を見られない分、彼らに過剰な小遣いを与えていたことが記録されています。母親のゾフィのことはほとんど記録にありませんが、病気がちで家に閉じこもり、家族とあまり接触がなかったともいわれています。
こうして彼と兄ビルヘルムは、いつもがらんとした家に取り残されており、ジョージは寂しさからしばしば町に出て、不良仲間と賭博場や酒場で遊び回るのでした。
そしてその晩、カードゲームに夢中になって世を明かし、翌日帰ったときには大事件が起きていました。母親のゾフィが亡くなっていたのです。
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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)
1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

















