イエスはご自分で十字架を負って、「どくろの地」という場所(ヘブル語でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。(ヨハネの福音書19章17節)
十字架は、イエスの贖(あがな)いによる罪の赦(ゆる)し、神の愛と恵みを象徴しています。しかし、当時の十字架は極刑の道具であり、十字架刑はローマ時代に行われていた最も残酷な刑でした。
十字架刑は見せしめの刑罰という側面も持っていました。死刑囚は、自分のかかる十字架を処刑場まで背負わされました。処刑場に着くまで、群衆に罵倒され、あざけられるのです。重罪人はこういう悲惨な目に遭うのだと、民衆を戒めるためです。
罪を犯さなかった神の御子イエスは、なぜ、このような過酷な十字架の刑罰を受けたのでしょうか。
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)
私たちが本来受けるべき、罪から来る報酬としての死を、神であるイエスが、私たちの身代わりに引き受けてくださったのです。罪のないイエスが人類の身代わりに処刑されたことで、イエスを信じる者は地獄に落ちることがなく、天の御国に入れるのです。
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、キリストも、多くの人の罪を負うために一度、ご自身をささげられました……(ヘブル人への手紙9:27、28)
罪のないイエスが私たちの罪を負い、ご自身をささげられたことで、私たちは神との和解を与えられました。御子イエスの十字架刑の犠牲を通して、神と人との間にあった壁は、取り除かれたのです。
イエスを通して示されたアガペーの愛とは、見返りを求めない無償の愛です。イエスは、全ての人をそのまま愛し、受け入れてくださいます。
イエス・キリストは、道であり、真理であり、命です。イエスを通して、私たちは神の真理を知ることができます。イエスにより、永遠の命が与えられ、やがて御国に行けば、神と共に、永遠に安らうのです。
神の愛と恵みに感謝し、全ての栄光を主にお返しします。
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