軍事的緊張が高まるイラン。国内的には、年初めから激化していた過酷な弾圧が続いており、1月19日、治安部隊には、デモ活動をする市民を鎮圧するために殺傷命令が下された。サミーラと16歳の娘セブダは、スマートフォンを家に置いて、決死の覚悟で抗議デモの群衆の流れに身を投じたのであった。(第1回から読む)
数千人の群衆が怒りの声とシュプレヒコールを上げるカラジの通りに立つセブダには、不思議なほど恐れがなかった。「娘は信じられないほど勇敢でした。最後の息を引き取る瞬間まで、決して屈しない勇気をもって言葉を発し続けていたのです」。娘の最後を振り返る母サミーラの声は、はち切れんばかりの悲しみに満ちていたが、そこはかとない誇りもあった。
セブダは群衆の後ろに隠れることをよしとしなかった。彼女は自らデモの最前線へと進み出た。彼女は、完全武装の治安部隊が向ける銃口にも怯まず、真正面から対峙(たいじ)し、自由を叫び、シュプレヒコールを上げ続けたのだ。
彼女が見せた最後の勇姿は、暴力によって人々を沈黙させようとする体制への、何よりも力強く最も純粋な抵抗だった。しかし次の瞬間、冷徹な凶弾が彼女の胸を撃ち貫いた。
「即死でした。彼らは娘の心臓を撃ち抜いたのです」。ゼブダは、一言も発せず母の目の前でくずおれた。悲しむ時間すら与えぬほど、それは無情な一瞬の出来事だった。「たった一言『さよなら』を言う時間すら、私には与えられませんでした」。セブダは生前、自由を訴えるビデオメッセージをいくつも残していた。
「祖国のために、自由のために声を上げてほしい」と語る娘の姿。サミーラは言う。「人々に彼女のことをいつまでも忘れないでいてほしい。彼女の声が二度と消されないようにしてほしいのです」
今まで二人で生きてきた母にとっては、自分の命よりも大切な愛娘だ。彼女はたった16歳という若さで、自由の祭壇にその命をささげたのだ。
「ママ、いつか自由になる日が来たら、こんなに素晴らしいことはないわね……ママ……もし私に万が一のことがあったら、自由が訪れたその日に、私のことを思い出してね」
煌々(こうこう)と燃えて散った名もなき一人の少女の短い生涯だが、それを知る人々の記憶には、決して消えないものとして永遠に刻まれることだろう。いつかイランに自由が訪れる日、ゼブダ、この少女の名も、きっと語り継がれるに違いない。
一方、イラン当局は、サミーラが娘のために悼み悲しむ時間さえも与えなかった。当局は犠牲者の遺族に対する監視と弾圧を強めていった。娘を亡くした数週間後、身の危険を感じたサミーラは、ついに故国イランを離れる決断を余儀なくされた。彼女は国境を越え、隣国イラクの北部へと難民として逃れた。
全てを失った母親はたった一人、異国の地にたどり着いた。娘の命を奪った邪悪な体制への深い恨みと、幾度も込み上げる呪縛のような喪失感と悲しみの中で、彼女の人生は、のたうち回るような深い谷間にあった。しかし、イラクの地で彼女を待っていたのは、絶望の深淵に投じられる救いの光だった。(続く)
■ イランの宗教人口
イスラム 37・2%
キリスト教 1・5%
無宗教 22・2%
ユダヤ教 0・02%
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