伝統的なカトリック国であるフランスは、かつて「教会の長女」と呼ばれた。しかし現代では「ライシテ(厳格な政教分離)」の原則の下、徹底した世俗主義と無神論的価値観が社会を覆っている。教会から若者の姿は消え、信仰は過去の遺物になったと多くの人が考えていた。しかし今、この世俗主義の「砂漠」に、信じがたいオアシスが現れ始めている。
3月25日、フランス司教会議(CEF)が発表した今年の年次調査が、フランス社会に衝撃を与えた。今年のイースターにおいて、フランス全土で新たに洗礼を受けた人の数が2万1386人に達したというのだ。これは、記録を更新した昨年から20%増加して、再び記録を塗り替えたことになる。わずか10年前(約4千人)と比較すると、実に5倍以上という驚異的な爆発なのだ。
特筆すべきは、キリストのもとへ帰ってきている人々の「年齢層」だ。受洗者の内訳を見ると、成人が1万3234人、11歳から17歳の青少年が8152人となっているが、成人受洗者のうち実に82%が、18歳から40歳までの若年層に集中している。
なぜ、宗教から最も遠ざかっていたはずの若者たちが、今、教会に殺到しているのか。
現地の専門家たちは、徹底的に世俗化された現代の「消費社会」があり、それが彼らにもたらした限界を指摘している。物質的な豊かさや、SNS上のバーチャルなつながりは、彼らの心に「深い虚無感」と孤独を残した。パンデミックや世界的な不安、そして絶対的な価値基準が存在しない社会の中で、若者たちは真に生きる意味と、揺らぐことのない「永遠」を渇望し始めたのである。
彼らにとって信仰を持つことは、もはや親の世代からの惰性的な伝統ではない。世俗社会の強い同調圧力に逆らい、自らの意志で真理を探求し、イエス・キリストを個人的な救い主として選び取った「決断」なのである。現地の指導者たちは、これが一過性の現象ではなく、何年も続く霊的な夜明け、リバイバルの波であると期待を寄せている。
行き過ぎた現代社会とテクノロジーは、逆に若者たちの魂に切実な「渇き」を呼び起こしたのだ。そして、17世紀のフランスの天才パスカルが言ったように、その「渇き」という心の穴は、創造主の形をしており、他のどんなものをもってしても、その穴を埋めることはできない。創造主だけがその渇きを満たすことができるのだ。
主イエスは言われた。
だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。(ヨハネ7:37、38)
なんということだろう。フランスの渇ける若者たちは今、帰るべきお方のもとに帰りつつあるのだ。
フランスのために祈ろう。信仰に歩み出した神の子たちが、世俗社会の圧力や誘惑に負けることなく、キリストの力強い弟子として成長していくことができるように。物質主義や虚無感の中で傷つき、迷っているさらに多くのフランスの若者たちが、「いのちの泉」であるイエスに出会うことができるように。そして、この霊的な覚醒の波がフランス全土、ひいては世俗化した欧州全体に広がっていくよう祈っていただきたい。
■ フランスの宗教人口
カトリック 57・6%
プロテスタント 2・1%
英国教会 0・03%
ユダヤ教 1・0%
無神論 26・6%
イスラム 10・5%
◇

















