「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰って行った。(ヨハネの福音書9章7節)
これは、イエスの言葉に従ったことで闇から光へと変えられた、盲人の信仰の証しです。
イエスは、生まれつきの盲人の目に唾で作った泥を塗り、「シロアム」の池で洗うよう指示されました。盲人がイエスの言った通りに池で目を洗うと、目が開かれて世界が見えるようになったという奇跡です。
「シロアム」とは「遣わされた者」という意味です。イエスは盲人に「従順(信仰)」を試され、盲人は主に従ったことで癒やされました。
イエスは、盲人の目が見えなかったのは、彼の罪のせいではなく「神の癒やしの業がこの盲人に現れるため」だと明かされました。この癒やしの奇跡は、物理的な視力の回復だけでなく、イエスが「世の光」であることを信じて霊的な目が開かれることの象徴でもあります。
神は、私たちが聖書の戒めの言葉を守り、自分の霊と魂、体を世から聖別することを求めておられます。そして、祈りと御言葉によって聖霊に満たされ、霊的な目が開かれてイエスを見、霊的な耳が開かれてイエスの御声を聞いて、イエスの証人として生活することを望んでおられます。
聖書によれば、神は、私たちがイエスの証人として真理に立ち、福音を伝えて「世の光」としてこの世を照らし、信仰によって義人とされた「地の塩」として、人々に神を証しすることを望んでおられます。
あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏みつけられるだけです。(マタイの福音書5章13節)
また神は、私たち信仰者が信仰の故に試練や迫害、苦難を受けるとき、私たちを特別に扱い、折にかなう助けを与えてくださいます。神は、ご自身を愛する者のために、全てを益に変えてくださるのです。
信仰によって死に至るまで忠実に歩み、勝利を得て御国に凱旋する者となりたいです。
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