そこで、彼らはまたイエスを捕らえようとした。しかし、イエスは彼らの手からのがれられた。(ヨハネの福音書10章39節)
ユダヤ人の指導者たちが再びイエスを捕らえようとしましたが、イエスは彼らの手から逃れました。彼らはイエスの教えに耐えられず、イエスを石打ちにし、抹殺しようとしたのです。
世界は今、災いや困難の多い時代を迎えており、各地で暴動や争いが起こり、混乱と分裂があります。
私たちキリスト者は、今こそ聖書信仰に立ち、悔い改めと罪の赦(ゆる)し、聖別と新生、更新を意識して生活することが必要です。律法主義によって人を裁く心に注意して、平和を愛し、平安を追求し、賛美と祈りと御言葉の礼拝を守り行うことによって、世の光、地の塩としての信仰生活を心がけることが大切です。
幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。(詩篇1篇1〜6節)
神様が与えてくださった御言葉の約束にこそ、私たちの希望があります。災いや困難の多い時代にあって、私たちキリスト者の信仰が試されています。御言葉の約束と、内在される聖霊に感謝して日々を過ごし、栄光を神にお返しする私たちでありたいです。
◇
















