中国の家の教会が掲げる「バック・トゥ・エルサレム」(BTJ)運動。それは、中国からエルサレムに至るまでの「10/40の窓(10/40 Window)」(北緯10度から40度の間の地域)に10万人の宣教師を送り出すという壮大なビジョンだ。(第1回から読む)
このルート上にある国々を見れば、その困難さは明らかである。パキスタン、アフガニスタン、イラン、サウジアラビア、トルコ……。そこはイスラム教、仏教、ヒンズー教の強固な牙城であり、世界で最もキリスト教への迫害が激しい地域と重なっている。欧米の宣教師たちが何十年もの間、入国することさえ困難だった場所だ。
しかし、なぜ中国の宣教師なのか。資金力も政治的後ろ盾もない彼らが、なぜこの過酷な任務を遂行できるのか。その答えは、逆説的だが、彼らが「苦難に慣れている」ことにある。
中国の家の教会は、過去半世紀以上にわたり、政府による厳しい監視、逮捕、投獄、拷問の中で信仰を守り抜いてきた。彼らにとって、信仰のために苦しむことは「例外的な悲劇」ではなく、「弟子としての日常」なのだ。BTJの宣教師たちは、刑務所に入ることを恐れない。むしろ、多くの指導者にとって刑務所は「神学校」であり、信仰が練り上げられる訓練の場であった。
あるBTJのリーダーはこう語る。「西側の宣教師は、ビザが取れなくなれば帰国するしかない。しかし、私たちは違う。私たちはそもそも片道の切符しか持たない。逮捕されれば、そこが私たちの新しい宣教地になるだけだ」
彼らは、イスラム圏や全体主義国家の人々が抱える痛みや絶望を、身をもって理解することができる。裕福な国から来た「支援者」としてではなく、同じように苦難を通ってきた「共感者」として、福音を語ることができるのだ。これが、彼らが持つ最強の武器である。
また、中国政府が推進する経済圏構想「一帯一路」も、皮肉なことに、BTJの宣教師にとっては、それが助けとなっている。中国のビジネスマンや労働者がシルクロード沿いの国々に進出することは歓迎されており、宣教師たちはその流れに乗って、労働者として、教師として、ビジネスマンとして閉ざされた国々に入り込んでいるのである。
彼らは死を恐れない。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままです」(ヨハネ12:24)。この御言葉を文字通り実践する彼らの行進は、誰にも止めることができない。サタンが彼らを止めるために用いてきた「迫害」という武器が、かえって彼らを最強の宣教師へと変えてしまったのだ。(続く)
■ 中国の宗教人口
プロテスタント 6・4%
カトリック 1・6%
無宗教 44・4%
儒教 28・5%
仏教 12・5%
イスラム 1・9%
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