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不条理なる死を不可知の光で中和せよ

十字架を背負う(その2) マルコ福音書8章31節〜9章1節

2026年2月5日08時00分 コラムニスト : 藤崎裕之
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関連タグ:マルコによる福音書藤崎裕之
不条理なる死を不可知の光で中和せよ―キリスト教スピリチュアルケアとして―(89)+

不条理なる死を不可知の光で中和せよ―キリスト教スピリチュアルケアとして―(89)

※ 前回「十字架を背負う(その1)」から続く。

宗教というものは、究極的に言えば「表現」である。ただ漠然と存在しているだけでは、時代に淘汰(とうた)されるような気がする。うまく自己表現しなければ、生き残れないのではないか。

いや、恐らく実際には、そういうことはないのではあるが、つまり、理性的な存在理由がないとしても宗教は残る。とはいえ、人類の歴史をたどれば、ほとんどの宗教は忘れ去られている。後入りの宗教にその座を奪われるというのは、珍しいことではない。

最近になって感心させられるのであるが、確かに日本は八百万の神の世界であって、実に多くの神が保存されている。宗教学の観点からいっても、特異な地域なのかもしれない。神道と仏教が優勢であるが、渡来系の宗教もそれなりに居場所が守られている。神社仏閣に祭られている神仏の名をたどると、かなり多くが渡来の神であり、それも今では、発祥の地では姿を消したマイナーな宗教の神であったりする。

大勢の渡来の神を、日本の宗教はうまく飲み込んだというか、取り入れたというか、まあ、飲み込んでもいなし、取り入れてもいないのであるが、とにかく渡来の神を記憶し、保存してきたのだ。その精神性には感心させられるが、今回のコラムのテーマではない。

古い寺でも神々が共生している。結構な数の神のお堂がある。いろいろと調べていけば、16世紀以前に伝えられたキリスト(1549年のフランシスコ・ザビエル来日で何となく伝わってしまったキリスト教)が、名前を変えてお堂に祭られているのかもしれない。私が言いたいのは、日本では渡来の神は排除されず、淘汰もされず、保存されているということだ。それがどんなに小さなお堂に過ぎなくても、簡単には捨て去られていないのである。このような八百万の神を記憶し続ける日本の文化を、どこか芯のない不確かなものとして非難する声もあるが、その是非は問うまい。

長々とくだらないことを書いたが、宗教は決して「表現」ではない。それは「存在」なのだから、言葉にして無理矢理に説明する必要はない。それでもキリスト教の内部にいると、その時代に即した固有の形で表現しなければならないという「焦り」も感じてきた。職務柄、私にはそういう傾向があったし、苦労もし、苦しみもした。

さて、キリスト教といえば「十字架」である。十字架の由来は語れても、十字架が何を意味するのか説明を始めると、途端に「困る」。語れば語るほど、迷路に入り込む。

正教会では、「ハリストス(キリスト)死より復活し、死を以(もっ)て死を滅ぼし、墓に在る者に生命(いのち)を賜(たま)えり」と歌う。何度も歌うので自然と覚えてしまう。「死を以て」というところは、もちろんキリストの十字架である。正教にとって十字架とは、死に対する勝利が第一義である。

他の教派では、十字架とは、われわれの罪の赦(ゆる)しであり、神との和解であると強調する。また、ある人は、人間の罪が最も極端な形で現れたもの、つまり、神の子を拒絶して殺してしまったという究極的な罪の象徴であると言うだろう。

十字架を説明しようとしたら、人は惑い苦しむ。誰も意味を限定できないし、固有のイメージを表現することすら「罪深い」ことのように思う。

「私の後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を負って、私に従いなさい」とイエス・キリストは言った。何とも重い言葉である。普通に読めば、キリスト一筋ということだろうか。もう少し深く言えば、信仰とは命懸けであり、人生の思い出づくりなどという軽いノリのものではないということか。

「自分の十字架」とはどういうことか。誰もが単純明快に表現したいと願うだろう。「私はこういう十字架を背負って信仰を続けています」と言い切りたい。が言い切れない。一般的に言えば、十字架とはどういう意味なのか長々と説明できるだろうが、私が背負う「自分の十字架」については、本当のところ語り得ない。簡単に語り得る人間がいるなら、どうにも「おかしい」のではないか。

記憶はすれども、決して大げさに表現はしない(ついつい大げさに表現してしまうのが、人間の弱さではあるが)。それが本来の宗教である。そういう意味で、日本は宗教大国であった。いつの頃からか、恐らく印刷技術が発展し、さらに今では、多くの人が電子媒体で自己「表現」できる世になってから、人は「表現」を気にするようになった。自分に対しても、他者に対しても。

同時に、自らが内に秘めたことは、誰かに共有してもらわないと、それは「本物」ではないと錯覚している。信じるものを明確化しろと脅迫されている。それはあまり幸福なことではない。

キリストは、自分の十字架を背負って従えと言う。そこには一般性も共通性も必要ではない。そこには、秘められた自分だけの、いや、キリストとだけ共有している何かがある。誰もそれが何であるか明確には分からないが、本当に自らが背負っているものなら、キリストは共に背負うだろう。神は善であり、人を愛する者。自らの十字架を背負う人を、キリストは置き去りにはしないのだ。(終わり)

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◇

藤崎裕之

藤崎裕之

(ふじさき・ひろゆき)

1962年高知市生まれ。明治から続くクリスチャン家庭に育つ。88年同志社大学大学院神学研究科卒業。旧約聖書神学専攻。同年、日本基督教団の教師となる。現在、日本基督教団隠退教師、函館ハリストス正教会信徒。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
関連タグ:マルコによる福音書藤崎裕之
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