パレスチナのハマスによるイスラエルへの攻撃が、世界を震撼させました。原稿を書いている10月16日現在、イスラエルはガザ地区への報復を繰り返しています。
当初は非常に非人道的なテロ行為ということで、欧米各国はイスラエルに対して「揺るぎない結束した支持」を表明しました。しかし一部の人々は、ハマスがそのような暴挙に至った背景にも注目しています。すなわちイスラエルが、国際法に違反してパレスチナ人の居住地に強引な入植活動をしてきたことです。
なぜイスラエル国家は、非常に大きなあつれきを生むことを承知の上で、その地に住んでいた人々を追い出して入植活動を続けてきたのでしょうか。
この問題をひも解くためには、時代を太古の昔までさかのぼらなければなりません。時代背景について考えてみると、英国統治下やオスマントルコ時代など、どの時代にまでさかのぼるかで見方は全く変わってきます。
その歴史の一番根源にいるのが、はるか昔の「アブラハム」という旧約聖書の人物です。昨今では「アブラハム合意」というものがありますが、この名前の基本的な意味は、いろいろと対立もあったけれどアブラハムの時代までさかのぼれば、アラブ諸国もイスラエルも同じ家族だったというところからきています。
アラブ諸国の祖イシュマエルはアブラハムの子であり、イスラエルの祖であるイサクもアブラハムの子どもなのです。つまり2つの民族は同じ父親から出ているのです。そして、2人が生まれる前に、神はアブラハムに対して約束を与えられました。これは後に「アブラハム契約」と呼ばれるようになります。
この一連の流れについて先日、とあるユーチューブ番組に出演させていただき、じっくりと話をする機会がありました。退屈で冗長な説明になりがちな歴史の話ですが、聞き手の方が所々、絶妙なタイミングでコメントを拾ってくださったり、質問してくださったおかげで多くの方に最後まで聞いていただくことができました。
興味のある方は、ぜひ見ていただければと思いますが、その時に話をさせていただきながら、整理できた部分がありますので、本紙においてもシェアさせていただければと思います。
クリスチャンの方で聖書を読まれている方にとっては、既にご存じの内容も多いかと思いますが、普段聖書を読まれない方にも分かりやすく、一から説明させていただきます。
■ アブラハム契約
主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世記12:1〜3)
アブラハム契約の内容は、大きく3つあるのですが、最初の約束は「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」というものです。
ロトがアブラムと別れて後、主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西を見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。」(創世記13:14、15)
もう一つの約束は「土地をアブラハムとその子孫に与える」というものです。イスラエルの人々は、この約束はアブラハムの子孫である自分たちに与えられたものであると考えていて、パレスチナを含むアラブ諸国は、自分たちこそがアブラハムの長子であり、この約束を受け継ぐべきだと考えています。そしてこれが争いの火種になっているのです。
わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。(創世記13:16)
もう一つの約束は「アブラハムの子孫が空の星、地のちりのように増える」というものです。これもまさに、この言葉の通りになっていて、イスラエルもアラブ諸国も現代では大国となっています。
■ イシュマエルの誕生―アブラハム86歳―
アブラムの妻サライは、アブラムがカナンの土地に住んでから十年後に、彼女の女奴隷のエジプト人ハガルを連れて来て、夫アブラムに妻として与えた。彼はハガルのところに入った。そして彼女はみごもった。彼女は自分がみごもったのを知って、自分の女主人を見下げるようになった。(創世記16:3、4)
アブラハムもサラも、高齢になって子どもがなかったので、2人は神様から与えられた約束を人間的な方法で成就しようとします。すなわち、アブラハムは本妻であるサラとの間にではなく、女奴隷ハガルとの間にイシュマエルをもうけるのです。このイシュマエルが現代のアラブ諸国の祖となります。
子どもをもうけたハガルは、自分の女主人であるサラを見下げるようになったとあります。その結果、サラが激怒して、ハガルをいじめ、この家庭に不協和音が響き始めます。
■ 約束の子イサク誕生の預言―アブラハム100歳―
ところが、それで話は終わらずに、神様はアブラハムに対して、本妻であるサラとの間に子どもを与えると約束されます。少し高齢だというくらいなら「珍しいことがあるね」という程度の話かもしれません。実際に俳優ロバート・デ・ニーロさんは79歳にして7人目の子どもを授かったとニュースになりました。
しかし100歳となると、人間的な可能性はゼロとなり、神様が働かれなければ不可能な状況となります。神様はご自身を現すために、このようにあえて待つということをされる場合があります。
■ イサクとイシュマエル―兄弟げんかの起源―
そして約束の通りにイサクが生まれた後、腹違いの兄弟の争いが始まります。イサクが乳離れする頃になると、先に生まれたイシュマエルは大きな青年となっていますから、幼児であるイサクの相手ではありません。その時にイシュマエルはイサクをからかったとあります。
その子は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に、盛大な宴会を催した。そのとき、サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムに産んだ子が、自分の子イサクをからかっているのを見た。それでアブラハムに言った。「このはしためを、その子といっしょに追い出してください。このはしための子は、私の子イサクといっしょに跡取りになるべきではありません。」(創世記21:8〜10)
これに対して、サラは再び激怒し、ハガルとイシュマエルを追い出してしまいます。そしてこの兄弟の争いが、現代に続く長く悲しいイスラエルとパレスチナの争いの起源となっています。
■ イサク→ヤコブ(イスラエル)―国家の名前の起源―
その後、イサクはヤコブとエサウという双子をもうけます。そして、このヤコブが途中で改名して「イスラエル」となります。それが現代のイスラエル国家の名前の由来となっています。
■ 12部族誕生(ユダとヨセフ)―民族の名前の起源―
そしてイスラエル(ヤコブ)に12人の男の子が生まれ、それぞれがイスラエル12支族となっていきます。その中で力を持ったのがユダとヨセフであり、このユダが、のちにユダヤ人と呼ばれるようになります。
■ ヨセフ物語―イスラエル、エジプトへ―
ヨセフはヤコブの寵愛を受けたために兄弟に疎まれ、エジプトへ奴隷として売り飛ばされてしまいます。しかし、神様に対する信仰を持っていたヨセフはエジプトで大臣となり、のちにイスラエル一族をエジプトに招き入れます。というのも、当時のイスラエルの地は飢饉(ききん)がひどかったからです。
ヨセフの存命中はイスラエル一族とエジプトの関係は良好でしたが、ヨセフが亡くなった後、子だくさんのイスラエルはエジプトにとっての移民問題となり、彼らに恐怖を覚えたエジプトはイスラエルを奴隷とするようになります。
■ モーセ―出エジプト―
400年後、モーセが誕生し、イスラエル民族はエジプトを脱出し、イスラエルの地に帰還しようとします。そこで有名な「乳と蜜の流れる地」というキーワードが出てきます。
それゆえ、あなたがたに言った。『あなたがたは彼らの土地を所有するようになる。わたしが乳と蜜の流れる地を、あなたがたに与えて、所有させよう。わたしは、あなたがたを国々の民からえり分けたあなたがたの神、主である。(レビ記20:24)
■ ヨシュア―カナン(イスラエル)占領―
その後、モーセの後継者ヨシュアがカナン(イスラエル)の地を攻めて、これを占領します。イスラエル民族の立場で言えば、もともといた場所に帰って来たということになりますが、400年も不在であれば、そこにはカナンの地の諸部族が定住しているわけです。
ですから彼らの立場からみれば、イスラエルが突然、侵攻してきたということになります。まさに今日、イスラエルとパレスチナで起きていることが、旧約聖書の時代にも起こっていたのであり、歴史が繰り返されているということになります。
■ ダビデ・ソロモン時代―イスラエルの絶頂期―
そしてその後、ダビデ王・ソロモン王の時代には、イスラエルは大きく繁栄し、周辺諸国を従え、各国はイスラエルに貢物を携えて来るようになります。
■ 南北分断
ところがその後、ソロモンの子どもの時代になると、イスラエルは北と南に分断してしまいます。12部族のうち、10の民族は北イスラエル王国となり、ユダともう一つの部族が南ユダ王国をつくります。
■ バビロン捕囚と帰還―エレミヤ預言―
その後(BC734とBC721)、北イスラエル王国はアッシリヤに滅ぼされ、「失われた10部族」といわれるようになります。そして南ユダはバビロンに滅ぼされ、捕囚となります(BC586年)。
そして、これが聖書の不思議なところなのですが、南ユダ王国は70年後に再び帰還することになります。そしてそのことが預言者エレミヤによってあらかじめ預言されていました。
まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。(エレミヤ書29:10)
■ キリストの時代―ローマの支配―
そしてキリストの時代には、イスラエルは大国ローマに支配されてしまいます。
■ AD70年エルサレム陥落 キリストの預言
キリストが世を去られた後、エルサレムは軍隊に囲まれます。マサダという地に断崖絶壁の城壁があり、ユダヤ人たちはそこで抵抗を続けました。これに対して、ローマ兵は水と食料を完全に断ち、エルサレムを兵糧攻めしていきます。その結果、そこにいた人々は言葉にできないほどの非常に凄惨な最後を遂げたと記されています。
今日においては、イスラエル軍の入隊宣誓式がそこで行われ、「マサダは二度と陥落しない」という合言葉が唱えられるそうです。今回の番組で聞き手の方が、今まさにガザ地区で、イスラエルがパレスチナ側の電気や水を止めているのと同じだとおっしゃっていましたが、まさに、自分たちの祖先がされたと同じことをしていることになります。
そしてユダヤ人たちは、各地に離散(ディアスポラ)していき、2千年近くの年月を経て再び帰還しているのが、今日起きていることです。
■ イスラエルが強引に入植する理由
ですから、大きな視点としては、主がアブラムに現れ、「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える」と言われた「アブラハム契約」の影響が今日まで及んでいて、イシュマエルとイサクの兄弟げんかが続いているということになります。
そして、エジプトでの奴隷生活、バビロン捕囚、マサダの悲劇とその後の離散の苦しみなどが、イスラエルをして、この地から絶対に一歩も引かないという鉄の意志を持たすに至っています。その矛先が、現代ではパレスチナの人々に向かってしまっているということになります。
だからといって、イスラエルの人々が国際法を犯して強引な入植を続けていることや、今回のハマスの攻撃が正当だと言えるわけではないですが、どこまで時代をさかのぼるかで両者共に言い分があるということです。
■ 祈ること―地上のすべての民族は祝福される―
この原稿を書いている今もイスラエルによるガザ地区への地上侵攻が始まろうとして、多くの民間人が犠牲となっています。それに対して多くの人が心を痛め、何かできないかと思っていることでしょう。私たちに大きな力はありませんが、それでも私たちは、和平のために祈ることができるのだと思います。
アブラハム契約の最初の契約を思い起こしてほしいと思います。それは「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」というものです。イサク(イスラエル民族)、イシュマエル(アラブ民族)の、兄弟のどちらかの勝ち負けではなく、全ての民族が祝福されるのが、父なる神の願いであり、約束なのです。ですから私たちは、この父なる神様の心に沿って祈ることができます。
現在私は、私用でオランダに来ていますが、このオランダの地においてもカトリック、プロテスタントの教団教派を超えて多くの教会が、一致して今回のことのために祈りの時を持っています。
読者の方の中には、特定の宗教の信仰を持っていない方もいらっしゃるかもしれませんが、日本人の多くは無宗教ではあっても、無神論ではないと思います。3・11東日本大震災の時には「Pray for Japan」と世界中の人が日本のために祈ってくれました。今度は私たちが、苦境の中にいる国々のために祈る番ではないでしょうか。
憎しみが世界に広がると、いつかは私たちも愛する人を失うということがあるかもしれません。もしかしたらもっとささいなことでも憎しみの連鎖が止められなくなってしまうことがあるかもしれません。でも復讐(ふくしゅう)や報復攻撃は何の解決ももたらしません。
ですから私たちは、何の罪もなかったのに十字架の上で犠牲となられたキリストの言葉を思い起こさなければなりません。彼は、人々が自分を殺すことを承知の上で公の場に立たれ、このように語られました。
「汝(なんじ)の敵を愛せよ(Love your Enemies.)」
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