私が前職(自動車用エンジンの研究開発)において求められていたことは、一般社会で受け入れられ、広く普及する新技術の開発でした。ところが、長年開発に携わると井の中の蛙(かわず)のようになり、社会の必要が分からなくなることが度々起こりました。開発者の思い込みが誤った選択を引き起こし、混乱を招くこともありました。
退職後、日本宣教に10年ほど携わりましたが、この分野においてもおそらく同じようなことが続いているように思います。クリスチャンの人口比率は、宣教熱心な先人たちの働きを通してもずっと1%程度ですから、総じてみれば、効果的な宣教手段を選べなかったことになるのでしょう。
暗中模索の中
私が55歳で前職を退き、聖書学校に入学した頃、将来は教会の牧師になることを漠然と目指していました。事実、若い学生たちの多くはそのために学んでいましたし、聖書学校にとっても地域教会に優れた牧師を送り出すことが大きな使命でした。
しかし、多くの教会、牧師、神学生と出会う中、このまま卒業して教会の牧師になり、国内宣教に携わっても、大きな成果は見込めないだろうと考えるようになりました。
日本の津々浦々に届く、有効な宣教手段とは何か。卒業後に何をすればいいのか。暗中模索の中、かつて未知の分野に挑戦を続けた研究者魂がうずいていました。
研究開発の会社を創る
先の見えない大海原に小舟を漕ぎ出し、宝を探すような仕事のスタイルは、30年以上も慣れ親しんだものでした。かつてのような潤沢な資金や背後の組織はありませんでしたが、聖書学校卒業と同時に、私は小さな会社を設立し、有効な宣教手段を探る研究開発を始めました。
前職からの教訓として、井の中の蛙にならないよう、一般社会に問い続ける姿勢を持ちたいと考えました。神様は「日本人に寄り添いなさい」とだけ語ってくださいましたので、地域教会が多くの日本人に寄り添える手法を日々模索し、自ら試し、結果を分析する毎日を送るようになりました。
大きな成果を上げた唯一の手法
会社設立後、約7年にわたり試行を重ねる中、一つの働きが大きな成果を生んでいることに気付きました。それは「介護保険外サービス」として始めた「話し相手・付き添いサービス」でした。この働きは、依頼者の求めに応じて訪問し、その方のそばで傾聴させていただくものです。
当初は有料サービスにしていたこともあり、依頼件数は少なく、事業性は全くないため、将来は介護保険を用いた訪問介護のような働きにするつもりでした。
ところが、この働きを続ける中、数人の依頼者に対し、長期にわたって継続的に訪問させていただき、依頼者やその家族との信頼関係が築かれ、神様の祝福をお届けできる関係ができてきました。
サービスの内容が「傾聴」のみであることが幸いし、依頼者の状況変化に柔軟に対応でき、依頼者のスピリチュアルペインをおのずと担っていることにも気付きました。特に、依頼者が弱さを抱える中、エンディングに寄り添わせていただくと、祝福の連鎖が家族、親族にまで拡大していきました。
私は、この働きを日本の各地に拡大展開する手法を考え始めました。
完全非営利型一般社団法人の設立
「話し相手・付き添いサービス」を株式会社で展開することは、事業性がないことから不可能でした。教会や宣教団体として行うことは可能ですが、資金難に陥ることや、一般社会に届きにくい懸念がありました。そこで、幅広く寄付金を頂きながら、無償で働きを展開する完全非営利型一般社団法人の設立に導かれました。
「傾聴」は、お話を聴かせていただくだけの行為ですが、相手の悩みや重荷を背負い込みやすく、簡単なことではありません。私たちはボランティアではなく有償のスタッフとして、チームを組んで組織的に取り組むことにしました。
依頼者に対しては無償の働きですが、スタッフには有償の仕事とし、特にスタッフをまとめるリーダーは、フルタイムの雇用が必要になるため、かなりの資金が必要になります。有効な働きにするには、少なくともスタッフ100人、リーダー3~4人程度が必要になると考えました。
2020年、コロナ禍の持続化給付金で頂いた200万円とクラウドファンディングで頂いた145万円を基に活動を開始し、21年に法人を設立。ホームページを作成、公開しました。
依頼者やスタッフが徐々に増加する中、23年に2度目のクラウドファンディングを成功させ、その後、継続寄付や遺贈寄付を頂ける体制を作ってきました。今後、これらが実を結ぶことを期待しています。
現状の分析と将来の展望
「善き隣人バンク」と名付けた「傾聴」の働きが実質的に始まって約2年、下記のようなことが分かってきました。
- 「善き隣人バンク」の働きは、弱さを抱える日本社会にとって極めて重要であり、強く求められています。依頼者やスタッフは、おのずと増してきますが、管理側の人材、資金面の充実が拡大展開のカギになります。
- 「善き隣人バンク」の働きは、「傾聴」の依頼者に、異なる地域教会に属するスタッフが協力して寄り添うため、教団、教派、教会を超えた連携がおのずと生まれます。
- 「善き隣人バンク」では、継続的に「傾聴」を行うため、依頼者のあらゆる相談を受けることになり、教会、行政、慈善団体、事業者との連携がおのずと生まれます。
- 「傾聴」は、依頼者のありのままを受容し、ゴールを求めない働きですが、互いの祈り心を育むことになり、祈りの節目として、冠婚葬祭事業とは高い親和性があります。
- 特に、キリスト教葬儀の前後に行う「傾聴」の働きは、弱さの極限に寄り添うことになり、依頼者が未信者の場合、ほとんどが入信し、洗礼を受け、その後、家族、親族が信仰に導かれます。
このような知見が与えられ、現在、地域教会に対して継続的な傾聴活動の協力をお願いし、その上で、地域の葬儀文化を担えるように連携、サポートを進めています。
私たちの働きは当初、研究開発から始まりましたが、ほぼ目標を達成し、開発促進の段階に移行してきました。今後、神様の導きに沿い、日本の津々浦々にまで福音宣教を展開させたいと願っています。
愛する日本の上に、祝福が豊かにありますように・・・。
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