黒い下地に、ドナルド・トランプ大統領とジョー・バイデン元副大統領の写真が並び立ち、その背後に白黒のバーニー・サンダース氏。そしてかなり扇情的な文言が躍る。
トランプでもバイデンでもない
超大国の未来を左右するのは
すでに選挙戦を撤退した
サンダースだ!!
中東政策を軸に語られる
おもしろすぎる「アメリカ最前線」
あなたはまだサンダースの
本当の実力を知らない
しかもこれらは、新書によくある帯に記載された表記ではなく、表紙カバーに直接印字された言葉である。つまり手に取る人は皆、この文言と表紙絵を見て、買うか買わないかを決めることになるわけだ。
正直言って、当初は「こんなアジテーション的な本は、読む価値があるのだろうか?」と思い、一回はその場をスルーしてしまった。だが、図書カードの残金があることを思い出し、「冷やかし程度」のつもりで購入した。
話はずれるが、やはり本は「買おうかと迷ったら、取りあえず買う」方がよいと思われる。今回もそのことをあらためて体験させてもらった。お金があるなら買って、「積ん読」だけでもいいのだから。
さて本書は、扇情的なタイトルや装丁とは裏腹に、とても分かりやすく、そして丁寧に、現代の米大統領選と、そしてトランプ大統領誕生後の4年間を総括してくれている。著者である国際政治学者の高橋和夫氏(放送大学名誉教授)は、専門が中東問題であるため、どうしてもイスラエルと米国、中東・パレスチナと米国の問題に偏りがちだが、それが決して偏向に感じられないバランスの良さを保っている。
第1章は「ドナルド・トランプ――再選を狙う破壊王」となっており、ゴシップ記事のようなタイトルを冠している。しかし中身は、この4年間のトランプ氏の大統領としての行政を国内外の事柄に分けて手際よく伝えてくれている。特にキリスト教福音派(高橋氏の表現では時には「キリスト教原理主義」)との関連が簡潔にまとめられている。加えて、私たち日本人があまり知らないであろう「サウジアラビアからのお金」や、イスラエルのベンヤミン・ネニヤフ首相との関わりについても言及されている。
第2章「ジョー・バイデン――眠りから覚めた前副大統領」では、トランプ氏のライバルに選出されたバイデン氏の経歴が述べられている。ここでは、バイデン氏を取り上げながらも、実は前大統領であるバラク・オバマ氏の行政を評価するという構成になっている。そのため、トランプ政権下の4年間、その前のオバマ政権下の8年間をわずか新書80ページで俯瞰(ふかん)することができる。これはすごい。あまたの「トランプ本」「米大統領本」の中にあって、ここまで手際よく、そして闊達(かったつ)に12年間の米国政治をまとめた本は他に類を見ないだろう。専門家向けの論文や詳細なデータに裏付けされた報告書は存在するだろう。だが、忙しいサラリーマンが電車の中や休憩時間で要点だけをつまみ食いしようと考えるなら、本書が最適である。文章もぐいぐいと人を引き付けるような書き方で、常に読み手を意識していることが感じられる。
3章から最終章となる6章までは、本の副題で強調されているサンダース氏の生い立ち、経歴、そして彼の意志を継ぐ次世代政治家たち(サンダース・チルドレン)の紹介に充てられている。サンダース氏についていえば、民主党内からも「極左」「社会主義者」との批判が上がっている。それを日本のマスコミがうのみにして、そのままの表現で報道しているため、彼の実情はあまりよく分かっていなかった。だが本書では、どうして彼が一躍脚光を浴びたのか、それが意味するものは何か、について読者に伝わるよう工夫が凝らされている。
同時にサンダース氏の生き方が、まるで日本のキリスト教会のメタファーのようであったため、読んでいて思わず涙してしまうシーンも幾つかあったことを、正直に告白しておこう。まったく相手にされない状況から、一つ一つ目の前の困難を取り除き、しかも他者のために信念を曲げずに突き進むその姿は、確かに本書では高橋氏のフィルターを通した描かれ方をしているであろうが、それでも読む側に勇気とエネルギーを与えてくれる内容に仕上がっている。本書の巻末には、サンダース氏の自伝や評伝が参考文献として挙げられているが、近々、サンダース氏の伝記映画でも製作されるのではないか、と思わされる。
高橋氏が本書で訴えたいことは、二大政党制の米国が次第に変化し、格差社会のひずみが新型コロナウイルスのまん延によって白日の下にさらされた現在、あらためてサンダース氏が訴えた「民主社会主義」の考え方が先見性に満ちていた、ということであろう。
サンダース氏がユダヤ系だからだろうか、どうも高橋氏の専門である中東問題と米国を絡めていく中でサンダース氏に行き当たったのではないか、と思わせるほどの「サンダースびいき」ではある。だが、そうであっても彼が訴えてきた政策や見据えていた若者たちへのまなざしは、国は違えど、私たち日本人にも今求められているものだろう。
「太平洋の向こう側のお話」ではなく、合わせ鏡として本書を読むことで、実はコロナ禍にある日本のキリスト教界、ひいては日本で深刻化しつつある格差社会に、どのように向き合っていけばいいかを示す、分かりやすくて読みやすい、画期的な一冊といえよう。
■ 高橋和夫著『最終決戦 トランプVS民主党 アメリカ大統領選撤退後も鍵を握るサンダース』(ワニブックスPLUS新書、2020年7月)
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