窓から柔らかな光が差し込んだ。
昨夜はしばらくのお別れと思い、肉を食べ、ビールを飲み気持ち良くなり、部屋に着くなり寝ていたようだ。目覚めは、気候のせいなのか、二日酔いも感じることなく、気持ち良く起きることができた。
雲の合間に時々照らし込んでくる光の移ろいとゆらゆらと舞うカーテンから心地よい風を感じながら、何とも清々しい目覚めだった。ベッドでモーニングコーヒーでも飲みたくなる爽やかな朝。昨日から続く不順な天候のせいで大きな雲も見え、地中海とは思えない涼しさだ。
ここウラノーポリでは、アトスへの船に乗るために、入国管理事務所で手数料を支払い、許可書を発行してもらわなければならない。この許可書で最大3泊4日までアトスの各修道院に無料で泊めてもらえるのである。
起きてすぐ、町を散策しながら事務所へ向かった。そこで異様な光景を目の当たりにした。昨日まで観光客で賑わっていたリゾート地とは違い、どこからともなく現れる黒衣を着た人たちの姿、すなわち修道士である。
ただ、それより印象に残ったのは、皆そろって優しい目をし、目を見て「エブロギーテ」とあいさつをしてくる。修道生活とは苦行と感じるのが一般的だ。今回の目的は修道生活をする彼らの苦行の中の喜びは一体どこにあるのか、そこをとらえたいと思っていた。しかし、この考えは、後に彼らと接していく中で大きく変わっていくことになる。まだこの時は、あの修道士の優しい目が何を物語っているのか、知る余地もなかった。
無事に許可書を発行してもらい、町でパンと牛乳を買って海側を向いたホテルのバルコニーで食べた。その後荷造りを終えホテルを出て、港へ向かった。道を歩く人も増えてきて、どこからともなくやってくる修道士や巡礼者たち。アトスはここ数年、年間数十万人も訪れるほどの人気の地にもなっている。夏は巡礼者の数が相当多いと聞いていたが、その通りで乗船券の販売所はごった返していた。
このアトス巡礼は、97パーセントが正教徒であるギリシャ人の彼らにとっては、まさに憧れの地なのである。多くはギリシャ人だが、国内の町の神父、その他ロシア、セルビア、ブルガリアなどの巡礼者も多くいる。その理由は、アトスにはロシア(パンデレイモン修道院)、セルビア(ヒランダリウ修道院)、ブルガリア(ゾクラフウ修道院)の修道院も存在し、彼らにとっても聖地として憧れの地になっていることにある。
券を買い、いよいよ乗船。許可書と合わせて確認を受け、船に乗り込んだ。
船はフェリー型の3階建構造で、1階は車両用、2階は運転席に客席、3階は屋上客席、夏場はこの3階が人気で、ビッシリと埋まるほどである。多くのギリシャ人が、お互い知り合いなのかと思わせるくらい初対面同士の会話が弾み、船上は声がやむことがないほどだ。日本人は珍しいのか、こちらを見る視線を感じる。
「どこから来た?」との質問に「日本」と答えると全員が全員「very nice!」と大歓迎ムードで、握手を頼まれたり、抱き合ったり、一緒に写真を撮ったり。クッキーをくれる人までいる。なんかみんな大らかで、親切で、陽気な人たちばかり。決して経済危機とは思えない!
船内には司祭や修道士専用の20人ほど入れる個室が設けられ、数人の修道士はそこに座っていた。この船に乗った時点で、修道士たちが特別な扱いを受けていることが伺える。現にこの先に乗ることになるバスや教会のお祈りの時も必ず修道士が優先なのである。数分走ると、フェリーの屋上席には、海鳥たちが餌を求めにやってくる。修道士が餌をあげ始めた。続いて巡礼者たちも一緒になって参加し、記念撮影をしている。
修道生活は苦行の地ではないのか? 何か自由な雰囲気に、旅行にでも来たのかという不思議な感覚になる。
次第に船は、アトス領内に進む。陸路では遮断されているため、厳しい岩山が続く。独立した自治国家として成立しているため、国境のような壁も存在する。
そしてついに、海岸沿いに大きな修道院が姿を現す。
こんな光景見たことない! 思わず息を飲みシャッターを切った。ドヒアリウ修道院である。美しく穏やかな海の間際に悠然と建ち誇る。水の流れが考えられた沢部分に段になって建てられているのが特徴だ。続いて横長に要塞のように構えるクセノフォンドス修道院。畑なども見え、自給自足の生活がうかがえる。
圧巻なのが、緑の輝きが豪華な、優美で壮大な造りのロシア正教会のパンデレイモン修道院だ。広大な敷地に贅沢な造り、次第に青空も広がり地中海のリゾートホテルを思わせる。
このダフニまでの2時間は、おしゃべり大好きギリシャ人気質を感じる瞬間が多く、賑やかな時間でもある。いまだこんな場所が残っていたのか、まるでタイムスリップでもしたのかと思うほどの衝撃、海沿いに建つ、人の手で造られた修道院をようやく目の当たりにできた感動と、そこに住む修道士たちの素顔や暮らしぶりはどんなものなのだろうという期待感を交互に感じる船旅になった。
そして、いよいよ男だけを乗せた船は、男だけしかいないアトスへ入港する。ダフニ港には、数人の修道士が荷物や巡礼者を待っていた。アトス内への連絡は、手紙や場所によっては電話も備えてあるため、何度も訪れる巡礼者は修道士と知り合い、前もって入山することを連絡して出迎えの約束をしている人もいる。一般の巡礼者は、準備されている大型のバスに乗り換え、さらに1時間かけてカリエというアトスの首都を目指すことになる。
ダフニ港の情報
アトス半島の南側の中心。
ウラノーポリ発9:45、ダフニ港着11:45、所要2時間
ダフニ港発12:30、ウラノーポリ着14:30
そこから首都アトス行きのバスに乗るか、半島突端部へ行く船(1日1便12:30発)に乗り換えることができる。
カフェ、お土産屋2軒、商店2軒、公衆トイレ(ユーロ使用可)
次回予告(3月5日配信予定)
アトスの首都カリエに向かいます。政庁もあり、巡礼のスタート地点でもあるため、必ず巡礼者が立ち寄る場。また、修道士たちも集まり、情報の中心地にもなっている町についてのお話です。
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