全ては、愛から始まる
私は、弟が家族を連れて泊まりに来ている間、一体弟はどのように子どもを扱っているのか? 家の中でどんな役割を果たしているのか? とても興味がありました。弟が家族を連れて買い物に行く、弟が家族と共にゲームをする、家族と一緒になって生活をしている――その姿を見て、私もその中に入り、それを学びたいと強く思いました。
そんなある日のことです。弟とその家族がデパートに買い物に行くというので、私も一緒に行くことに。
子どもたちは無邪気です。父や母の財布を心配するということはありません。玩具売り場に行ったとき、「あのおもちゃがいい」「このおもちゃがいい」と大騒ぎでした。すると弟は、店員に言いました。「すみません、それをちょっと見せてください」
子どもたちの前に、彼らが欲しいと言ったおもちゃがずらりと並びました。こんなに全部買って大丈夫なのかな? と心配になったのですが、彼は「どれにしようかね?」「どれが私たちにふさわしいかな?」と一つ一つ、だめという言葉を使うのでなしに、彼らが選んだものの中から、一つずつ元に戻していったのです。
最後に残ったのが幾つかありましたが、なかなか決めることができないようでした。子どもたちは「これがいい」「あれがいい」と、また騒ぎ出しました。すると、弟は最後に、「よし!じゃあ今決めないで、帰って相談してから決めよう」と言いました。
それで結局、子どもたちはそこでは何も買わないで帰ってくるということになりました。私は、そこで大きな学びをしたのです。子どもたちにとって必要なのは、良い関わり――子どもたちと一緒に楽しむ、子どもたちの会話の中に入っていく、そして子どもたちの心を理解してあげる――そういうことが大切だったのです。
ようやく、このことが分かった私は、ある日娘がスカートが欲しいと言ったとき、妻は「タンスの中にまだいっぱい買ったのがあるでしょう」と言いましたが、「いや、僕がついて一緒に買い物に行きたいんだ」と言いました。
そして、娘を連れて元町商店街に買い物に出掛けました。自分の子どもを連れて買い物に行くのはそれが初めてでしたが、店に入り、気に入ったものを見せてもらって試着しました。でも、それは100パーセント、気に入ったものでなかったので、娘は言いました。「うーん。もうちょっと・・・こういうのがいいんだけどな」「分かった。じゃあ、もう1軒見に行こう」という訳で、何とその日は娘と一緒に6、7軒の店を回り、いろいろなものを試着し、その間楽しい会話をしながら過ごしました。
それで結局、その日は買い物をしなかったのですが、子どもととても良いコミュニケーションがとれたという幸せな気持ちいっぱいで過ごしました。子どもに対する愛情の傾け方、育て方、また関わり方について、私は弟から多くのことを学ぶことができました。
また、息子との関わりについても、私にとって大きな進展がありました。前は叱りつけ、殴ったりしたこの私が、今では彼との最上の関わり方を必死で探し求めていたのです。息子とどのようなコミュニケーションをとったらいいのだろうか?――そうだ、これからはこちら側から一方的なコミュニケーションをとるのではなく、息子が話をしたいとき、聞きたいことがあるときに、こちらにその準備ができているということが大切なのではないだろうかと気付きました。
「何かお父さんに言いたいこと、聞きたいことがあったら、いつでもいいよ。その準備ができているからね」と私は息子に言いました。
ある日、遅くなってから、息子が少し相談がしたいと言ってきました。私たちは1時間くらい話をしました。その日、私は特別なアドバイスができたという訳ではありませんでしたが、話を聞いてあげるというだけでも、私たち親子はずいぶん距離が近づいたように思いました。
こうして、弟の家族としばらくの間一緒に生活することによって、私は彼の家族の中にある愛を見ることができ、何とか彼の家族のように子どもたちと仲良くなりたい、子どもたちとコミュニケーションをとりたい、子どもたちと本当の親子になりたい――という切実な願いを持つことになり、失われかけていた家族の愛というものを再び手にすることができたのでした。
いよいよ日本を発つというとき、弟は言いました。「兄貴のために、多くの人が祈っているよ」「え?私の知らない人が、どうして私のために祈ってくれているのかい?」
弟は牧師なので、いろいろな所に出向き、メッセージを伝え、多くの人とのコミュニケーションがあります。彼は日本にいる自分の家族の紹介をし、特に次のようにお願いしたのだそうです。「兄貴のために祈ってください。その信仰が守られますように。お酒の誘惑から守られますように」と。
私がお酒を飲んでいることを弟は知っていましたが、一言も非難するようなことを口にせず、黙って祈りをもって私を支えてきてくれたのでした。そして彼は、私だけでなしに、私の家族にも計り知れないほどの神の愛と祝福をもたらしてくれたのでした。
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荘明義(そう・あきよし)
1944年中国・貴州省生まれ。4歳のときに来日、14歳で中華料理の世界に入り、四川料理の大家である故・陳建民氏に師事、その3番弟子。田村町四川飯店で修行、16歳で六本木四川飯店副料理長、17歳で横浜・重慶飯店の料理長となる。33歳で大龍門の総料理長となり、中華冷凍食品の開発に従事、35歳の時に(有)荘味道開発研究所設立、39歳で中華冷凍食品メーカー(株)大龍専務取締役、その後68歳で商品開発と味作りのコンサルタント、他に料理学校の講師、テレビや雑誌などのメディアに登場して中華料理の普及に努めてきた。神奈川・横浜華僑基督教会長老。著書に『わが人生と味の道』(イーグレープ)。