イエス様が十字架にかかったときは、過ぎ越しの祭りのときでしたが、そのときある出来事がなされました。
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「四百三十年が終わったとき、ちょうどその日に、主の全集団はエジプトの国を出た。 この夜、主は彼らをエジプトの国から連れ出すために、寝ずの番をされた。この夜こそ、イスラエル人はすべて、代々にわたり、主のために寝ずの番をするのである。主はモーセとアロンに仰せられた。「過越の生けにえに関するおきては次のとおりである。外国人はだれもこれを食べてはならない。しかし、だれでも金で買われた奴隷は、あなたが割礼を施せば、これを食べることができる。居留者と雇い人は、これを食べてはならない。これは一つの家の中で食べなければならない。あなたはその肉を家の外に持ち出してはならない。またその骨を折ってはならない(出エジプト12・41~46)。」
イエス様が過ぎ越しの祭りの子羊に該当する存在でした。イエス様が子羊ですから、イエス様を信じたことで、私たちが罪人であろうが何であろうが赦されるということが生じるようになりました。旧約の子羊の血は罪を覆うことはできます、「心の中の赦し」については解決することができませんでした。しかし洗礼者ヨハネはイエス様について「世の罪を取り除くことのできる子羊」と言われました。旧約の子羊とは違うということです。ただ災いが通り過ぎるだけではなく、「赦され、罪が取り除かれる」状態までいくことができます。
イエス様が生けにえであることは以下にも書かれてあります。
「その日は備え日であったため、ユダヤ人たちは安息日に(その安息日は大いなる日であったので)、死体を十字架の上に残しておかないように、すねを折ってそれを取りのける処置をピラトに願った。それで、兵士たちが来て、イエス様といっしょに十字架につけられた第一の者と、もうひとりの者とのすねを折った。しかし、イエス様のところに来ると、イエス様がすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。しかし、兵士のうちのひとりがイエス様のわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。それを目撃した者があかしをしているのである。そのあかしは真実である。その人が、あなたがたにも信じさせるために、真実を話すということをよく知っているのである。この事が起こったのは、「彼の骨は一つも砕かれない。」という聖書のことばが成就するためであった。また聖書の別のところには、「彼らは自分たちが突き刺した方を見る。」と言われているからである(ヨハネ19:31~37)。」
「そのうちの少しでも朝まで残してはならない。またその骨を一本でも折ってはならない。すべて過越の生けにえのおきてに従ってそれをささげなければならない(民数記9・12)。」
イエス様が過ぎ越しの子羊ですので、子羊の骨は折られませんでした。旧約の中にある過ぎ越しの祭り、その子羊がイエス様でした。災いを取り除かれて過ぎ去ってくださいました。しかし動物の子羊とは血の意味が違います。「イエス様の血」だから、全部が聖められて、罪が取り除かれた状態になっていくことができるのです。
動物の子羊の血では完全に罪を取り除くことはできません。ですから私達の中の罪の解決は本当の意味でなすことができないのです。
「もし、やぎと雄牛の血、また雌牛の灰を汚れた人々に注ぎかけると、それが聖めの働きをして肉体をきよいものにするとすれば、」(ヘブル9・13)。
旧約のいけにえは、肉体はきよくするだけでした。
「 もしそれができたのであったら、礼拝する人々は、一度きよめられた者として、もはや罪を意識しなかったはずであり、したがって、ささげ物をすることは、やんだはずです。ところがかえって、これらのささげ物によって、罪が年ごとに思い出されるのです。雄牛とやぎの血は、罪を除くことができません(ヘブル10・2~4)。」
旧約の子羊の血では、罪を取り除くことはできませんでした。過ぎ越しの祭りのときに、イエス様が十字架に架かられたときにもたらされた役割は、「罪を取り除く子羊」の役割です。ただ血があるから守られていくのではなく、「わたしは、もはや決して彼らの罪と不法とを思い出すことはしない(ヘブル10・17)」、神ご自身が罪と不法を覚えておられない、そういう状態の中に私たちは入れられているのです。あなたが自分の罪と不法を覚えていたとしても、神様は覚えておかれないのです。
イエス様の血潮は私達にさばきが来ないように通り過ごさせるだけではなく、罪を犯したとしても罪を犯したことがないように立てる恵みをもたらす血です。この血が、イエス様の十字架によってもたらされました。
「ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです(ローマ5・9)。」
イエス様に義と認められたので、イエス様の十字架があったからこそ、神の怒りが私達に及ばなくなりました。旧約のユダヤ人は神の山に近づいてはならず、触れてもいけませんでした。そして神の声はいかづちのように恐ろしいものでした。旧約の中では、お祈りをする際に聖所と至聖所が存在しており、その幕の奥に入っていくことはできませんでした。
十字架刑が終わったとき、上から下まで幕が裂けたと書かれてありますが、幕が裂け、天に入っていける恵みをもたらしたのは、イエス様の十字架のゆえです。
罪が取り除かれ、神のみもとに行くことが私達には赦されています。イエス様を信じない限り、過ぎ越しの祭りのように罪が過ぎ越すことはできません。罪の呪いから解かれていく「過ぎ越し」が私の人生の中に始まるようになったのです。 「このことをしたから災いが来る」とかいうものでなくなりました。罪が完全に取り除かれていて、思い出すこともしない、その恵みの中にあるのがイエス様の十字架の意味です。
「もしそうでなかったら、世の初めから幾度も苦難を受けなければならなかったでしょう。しかしキリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身を生けにえとして罪を取り除くために、来られたのです(ヘブル9・26)。」
旧約では罪を思い出すために子羊を毎年生けにえにして「過ぎ越しの祭り」をしていました。今はそれをしません。なぜならばイエス様の血潮が「去年犯した罪」、「今までの罪」、「天国に行くまで犯すであろう罪」を払って下さっているので、私達は罪が取り除かれたものとなっているからです。
「死んでしまった者は、罪から解放されているのです(ローマ6・7)。」
十字架の血によって、私たちの罪は思い出されることもなくなりました。罪を犯したが故に来る呪いが過ぎ越していくようになりました。罪が私達に及ばず、罪のない者となることができました。
もしイエス様がこの地に来られなければ、毎年子羊の生けにえを捧げて「過ぎ越しの祭り」をしなければならなかったでしょう。
十字架には、「私たちがともに十字架に架かった」という意味があります。イエス様が十字架に架かられて黄泉に下ったのは、「あなたのために」「全人類の罪のために」されたわけですから、その故に私達は罪から解放されている者達となることができたのです。7節は別訳では「罪から放免された」となっています。無罪放免です。アダムの罪から放免されました。私達の子羊イエス様が死なれたということは、私達が無罪放免となったということです。イエス様の十字架の故に、何の罪の意識もなく生きていけるものとなっていくことができるようになったのです。
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徐起源(そう・きうぉん):
恵那レーマミニストリーの代表、ERM聖書学校学長、愛知県一宮市の超教派聖会「ワールド・リバイバル・カンファレンス」の理事・講師を務めるなど、その活動は多岐にわたる。同校本部の岐阜県恵那市に加え、京都、岡崎(愛知)、沖縄、立川(東京)など全国数カ所で聖書学校、聖会をおよそ月1回のペースで行っている。
インターネット聖書学校、通信聖書学校等も現在開講中。恵那クリスチャンセンター(岐阜県恵那市)牧師。恵那レーマミニストリー公式サイト。無牧の人の為に日曜日10:30から礼拝発信 ,著書「信仰の使い方をご存知ですか?(上)(下)」「あなたは神の義をいただいていることをご存知ですか?」
※画像は恵那レーマミニストリーのロゴ。
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