広大な海に無数の島々が点在するのが太平洋諸島の地域だ。パプアニューギニアだけでも840以上の言語が存在し、それら全てに神の言葉を届けることは途方もない挑戦であった。何十年もの間、聖書翻訳は「西洋からその他の世界へ」というパターンに従い、外部からやって来た宣教師たちが主導する「外国のプロジェクト」であった。
しかし今、太平洋の島々を発信源として、宣教の歴史を塗り替えるような全く新しい波が力強く起きている。地元の教会や牧師、コミュニティーのリーダーたちが「もはや海外からの助けを待つことはしない」と自ら立ち上がり、聖書翻訳を自分たち自身の使命として担い始めているのだ。
この劇的なパラダイムシフトの根底にあるのは、国境や教派の壁を越えた熱烈な祈りである。パプアニューギニア、オーストラリア、近隣の島々の信者たちが、残された全ての言語に聖書が届くようにと心を一つにして祈り求めた。その結果、教派を超えた教会同士が手を取り合い、互いに訓練し合い、責任を分かち合うという美しい連帯が生まれたのである。
彼らの翻訳アプローチは非常に実践的で、人々の心に直接響く工夫に満ちている。例えば、海と共に生きる沿岸部の村々では「イエスが嵐を静める物語」から翻訳を始める。海の威力を誰よりも知る漁師たちは、自分たちの母語(心の言語)でその物語を聞いたとき、深くうなずき、キリストの権威に畏れを抱く。聖書はもはや海の向こうから来た遠い宗教の書物ではなく、彼ら自身の人生に直接語りかける個人的な神の言葉となるのだ。
この地元主導のムーブメントは、信じられないほどのスピードで太平洋全域へと波及している。バヌアツでは新たに25の言語で翻訳が開始され、「御言葉を持たない言語がなくなる」というかつては不可能と思われていた瞬間に手が届きつつある。フィジーやソロモン諸島もこれに続き、さらには現地の「手話」の翻訳プロジェクトさえも動き出した。
かつて「自分の奉仕の季節はもう終わった」と考えていた年配のセシリア・レガニ姉妹も、同胞の人々が母語で神の声を聴けるようにと、翻訳チームを率いて、今も力強く最前線に立っている。わずか1年半という短い期間で地域の風景を一変させたこのうねりは、人間の緻密な戦略によるものではなく、間違いなく神の霊が巻き起こした波なのである。
島々もそのおしえを待ち望む。(イザヤ42:4)
イザヤ書にあるように、今や島々は、現地の人々の熱意によって後押しされ、母語でその教えを聞くようになったのだ。
太平洋諸島で起きている、現地教会主導の聖書翻訳の働きのために祈ろう。セシリア姉妹のような地元の翻訳者たちに、御言葉を正確に、そして文化に根ざした形で訳出するための聖霊の知恵と導きが豊かに与えられるように。海辺の村々や山奥の部族の人々が、初めて自分たちの母語で語りかける神の言葉によって、魂が深く揺さぶられ、弟子として変えられていくように。そして、島々の全ての言語で、主なる神が力強く賛美される日が速やかに訪れるよう、祈っていただきたい。
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