またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」…イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られた。そしてその泥を盲人の目に塗って言われた。「行って、シロアム(訳して言えば、遣わされた者)の池で洗いなさい。」そこで、彼は行って、洗った。すると、見えるようになって、帰って行った。(ヨハネ9:1~7)
今日の私の話を、きれいごとと感じる人がいるのかもしれません。でも「聖書」、神の御言葉を通して救い主イエス・キリストの御言葉を皆さんに語らせていただくときに、その言葉は、皆さんを本当に幸せにするものである、ということをぜひ受け止めて、自分の人生に当てはめてほしいのです!
ご一緒に開きました聖書の御言葉は、イエスのご生涯の中でも有名なお話です。ある所で、イエスが生まれつき目の見えない男と出会ったのですが、イエスがそこに行く前に、既に人々が集まって、イエスを待ち構えていました。
それは、この男の不幸をネタにして、イエスに聞いてみたいことがあったからです。当時のユダヤ人は、不幸には原因があり、因果応報だという考え方があったので、目の見えない原因は誰にあるのかとイエスに質問したのです。
その時のイエスの答えが特別でした。「彼の上に神の御業が現れるためである」と語られて、人々は驚嘆したのです。この後、イエスに命じられた通りにすると、彼は見えるようになったのです!
単に視力を回復させたという話ではなく、彼は救われて新しい命を受け、人生が変えられたのです! 神の御業が現れる人生を歩む4つのポイントをお話ししたいと思います。
1. 不幸の原因探しの人生から脱出しよう!
なぜ幸せになれないのかと、不幸の原因ばかり探して、人と自分を比較していては、劣等感や優越感に陥るだけです。神は、あなたを誰かと比較して愛してはおられません。神はあなたと向き合い、かけがえのない命として選び、招き、愛してくださっています。
不幸の原因探しを続け、自分を呪う人生からは、今日でもう脱出しようではありませんか。
2. 全く新しい人生の見つめ方を身に付けよう!
私たちには、弱いところがたくさんあるでしょう。でも幸いなことに、私たちの弱さは神の業や神の愛、祝福を頂くきっかけとなるのです。弱いからこそ力強い神の恵みを十分に体験することができるのです。
弱さ、つらさを抱え、不幸だと思っている私たちの人生が、神の業、栄光、祝福が現れる場なのです。ガラリと色合いの変わる神の御業の現れを体験する人生として、受け止め直す視点を身に付けましょう。
3. 幸福の保証としての救い主の存在!
救い主が共におられることを受け止めようではありませんか! イエスは人々との会話の中で「わたしは世の光です」と語られました。私たちに命を与え、喜びや救いをもたらしてくださる救い主の業を、光が照っている間、人生のやり直しができるチャンスを逃さずに、つかみ取りましょう。
幸せの保証であるイエスが、そこにおられることを認めましょう。
4. 主キリストの命に自分の命を重ね合わそう!
神を信じる信仰は、救い主イエスを通し、神の愛、神の命に直接接すること、接点を持つことなのです。救い主イエスと出会うと、この男のように、あなたの人生も神の業がこれから現れるようになるのです! これからの豊かな恵みの人生に目を向ければよいと主は教えてくださるのです!
あなたの人生を縛る不幸の連鎖も、キリストにつながることで断ち切られます。この救い主を心に受け入れ、新しい命の輝きを共に体験しましょう。
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