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日本人に寄り添う福音宣教の扉

日本人に寄り添う福音宣教の扉(248)現実を無視した夢は混乱を招く 広田信也

2026年5月16日12時15分 コラムニスト : 広田信也
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関連タグ:広田信也

前職(トヨタ自動車)に勤務していた時代、私に与えられた業務は、ディーゼルエンジンの排気ガス中に含まれる窒素酸化物とすすなどの粒子状物質を、車両の運転中に処理する技術の開発でした。

ディーゼルエンジンの排気ガスには、多量の酸素が含まれるため、窒素酸化物のような酸化物を処理することは困難です。また、固体のすすは酸素さえ十分にあれば700度程度で燃えますが、ディーゼルエンジンの排気ガスは200~400度ですから、処理のためには新たな工夫が必要です。

このような難しさがあるとはいえ、ガソリン車と同じ道を走るディーゼル車の排気ガスが汚いまま放置されて良いわけはありません。いずれ規制が厳しくなり、ガソリン車並みのレベルが求められるのは当然のことでした。

そのような状況下、1989年の春ごろ、この分野に関して全くの素人であった私に、この業務が課せられました。そのことが、その後の私の人生を大きく変えることになりました。

実績のある技術の開発を凍結

この業務に携わり、次第に困難な現実に直面した私でしたが、実際に同じような課題に直面する国内の工場には、一定の答えがあることが分かりました。

実は、一般の工場からの排気ガスも、ディーゼルエンジンと同じように、多量の酸素が含まれ、比較的温度の低い状況ですが、窒素酸化物に対しては、アンモニアなどを排気ガス中に添加して反応させる技術が既に実用化されていました。また、すすなどの個体微粒子に対しては、いったんフィルターなどで捕集してから加熱して焼却処理をしていました。いずれも大規模な工場設備の一環でした。

この工場で使われる技術を、ディーゼル車の排気ガス中に実現するため、アンモニアを発生させる尿素水を排気中に添加し、触媒反応させて窒素酸化物を処理してみました。また、排気ガス中で燃料(軽油)を酸化(燃焼)させて排気温度を上昇させ、フィルターに捕集した個体微粒子を焼却処理することを試してみました。

結果は、既に実績のある技術ですから、いくつかの課題はあったものの、非常に良い結果が得られました。私はこれらの結果を喜んで上司に報告しましたが、開発を進めないように指示されてしまいました。

その理由は、車両に搭載するには、あまりに複雑で大掛かりなシステムとなり、コストがかかる上、新たな装置の導入、他の事業分野への影響が必須になるのは明らかだったからです。私自身の範疇(はんちゅう)で基礎検討を続ける道はありましたが、上司たちの意見に納得し、1991年ごろにこの技術の開発を凍結しました。

DPNRの開発と結果

その後社内では、1993年にガソリン車で開発された吸蔵還元型三元触媒と触媒付きフィルターを組み合わせたDPNR(ディーゼルPM・NOx同時低減システム)の検討に着手し、2000年にニュースリリースを行いました(参考)。

実は、この技術は1994年ごろの検討で、性能不足から既に開発を諦めていたのですが、私の上司が新たなコンセプトを追加し、世界初の技術として、トヨタから全世界に発信しました。しかも、2003年から量産化すると、世界中に公表されてしまったのです。

確かに将来を見通せない未熟な技術でしたが、世界初のトヨタオリジナル技術であり、誰にとっても画期的なアイデアに思えましたので、多くの人の注目を集めることになりました。

たった一人で開発してきた私にとっても、大勢の味方を得た気分でしたので、これまでの知見をひとまず脇に置き、大きな夢を描いて業務にまい進しました。

技術開発の実務リーダーになった私の毎日は、それまでとは全く変わりました。一人で地道な実験を繰り返すことから、大所帯を抱えるリーダーになり、関係会社を含めた一大プロジェクトに携わるようになったのです。

図らずも技術の発信元になったわけですから、過去に諦めた技術とはいえ、開発方針の正しさを示そうと基礎実験を繰り返しました。しかし、良い結果は得られず、私の書いた論文は、自動車技術会の論文賞まで頂きましたが、実態を伴わないものになりました。

それでも、いったん動き出した大企業の開発ですから、関係者は増え続け、猛烈な勢いで開発が進みました。優秀な人材が大勢携わるわけですから、きっと誰かが良い結果を導いてくれると、根拠なく期待していたように思います。

やがて他社も追従し、数年後には多くの車両で実用化されるまでになりました。しかし結局、多くの犠牲を払った開発は、求められる性能には遠く及ばず、トヨタでの開発は打ち切られ、追従した欧州メーカーによる排気ガス不正ソフト問題(参考)の一要因にまでなってしまいました。

ビジョンは大きくても、歩みは着実に

結局DPNRの開発は、現実を無視した幻から始まったため、大きな混乱を招いてしまいました。この失敗を通して得られた教訓を以下にまとめます。

  • ビジョンを描くことはとても大切。それを多くの人に共有すると大きな力になる。しかし、手元を離れた心地よいビジョンは勝手に歩み出す。
  • 現実を無視したビジョンを発信すると、人々を惑わすだけでなく、歪んだものを生み出し、大きな損失に至る。
  • 新しいものをこの世に送り出すには、目の前にある現実と向き合い、着実に歩むことを、忘れてはいけない。

以上は当たり前のことですが、新しい宣教手法のビジョンを掲げる今の私にとって、とても大きな教訓になっています。

その後の排気ガス処理の開発

私が1991年ごろに開発を凍結させた工場由来の排気処理技術が、今では世界標準の技術になりました。コストのかかる大がかりの装置が当たり前のように全てのディーゼル車に採用されています。トヨタのような大きなビジョンを掲げられなかったトラックメーカーの地道な努力が実を結んでいます。

DPNR開発の失敗によって役職解任された私は、退職間近にこの技術の開発を指示され、他社よりかなり遅れて実用化になりました。トヨタの採用により、世界の標準技術になりましたが、初期の開発を継続していたなら、異なる良い結果になったかもしれません。

その後、購入した私の愛車(ハイエース)には、この排気処理技術が搭載されています。開発者の立場ではなく、一人のユーザーとして、このシステムの完成度の高さを、日々実感しています。関わった皆様の地道な取り組みに、改めて感謝を申し上げます。

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◇

広田信也

広田信也

(ひろた・しんや)

1956年兵庫県生まれ。80年名古屋大学工学部応用物理学科卒業、トヨタ自動車(株)入社。新エンジン先行技術開発に従事。2011年定年退職し、関西聖書学院入学、14年同卒業。16年国内宣教師として按手。1985年新生から現在まで教会学校教師を務める。88~98年、無認可保育所園長。2014年、日本社会に寄り添う働きを創出するため、ブレス・ユア・ホーム(株)設立。21年、一般社団法人善き隣人バンク設立。富士クリスチャンセンター鷹岡チャペル教会員、六甲アイランド福音ルーテル教会こどもチャペル教師、須磨自由キリスト教会協力牧師。関連聖書学校:関西聖書学院、ハーベスト聖書塾、JTJ宣教神学校、神戸ルーテル神学校

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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