著名な黒人の福音派指導者で公民権活動家、著述家のジョン・パーキンス牧師が13日、米ミシシッピ州ジャクソンの自宅で死去した。95歳だった。
パーキンス氏は1930年、まだ人種差別が根深かったミシシッピ州で、貧しい黒人小作農の家に生まれた。生後7カ月で母親が死に、父親にも見捨てられたため、祖母や親戚に育てられた。16歳の時、兄が第2次世界大戦から帰還するが、些細なことで警官に射殺される。47年、身を案じる家族の勧めでカリフォルニア州に移り住んだ。
51年にベラ・メイさんと結婚。一方、同年から朝鮮戦争に徴兵され、沖縄で約3年兵役に就き、帰国後は工場で働いた。そうした中、教会の日曜学校に通っていた幼い息子が口ずさむ賛美歌「Jesus Loves the Little Children(イエスは小さな子どもたちを愛される)」が、人生を大きく変えることになる。イエスは人種に関係なく全ての子どもを愛されると歌う歌詞に心を動かされ、57年にキリスト教に入信。翌年には、バプテスト派の牧師として按手(あんしゅ)礼を受けた。
60年に家族でミシシッピ州へ戻り、福音を説くとともに、公民権運動に身を投じるようになる。デモ参加者の保釈活動中に警官から激しい暴行を受けて心臓発作を起こし、命を失いかけたこともあった。
76年に『A Quiet Revolution(静かなる革命)』を出版し、キリスト教地域開発の哲学として「3つのR」を提唱。支援者自身がその地域に再定住(Relocation)し、さまざまなリソースを再分配(Redistribution)する構造をつくり出し、福音に根差した積極的な和解(Reconciliation)を推し進めることを訴えた。
89年には、キリスト教地域開発協会(CCDA)を設立し、都市部の貧困問題と信仰を結び付ける全米規模のネットワークの礎を築いた。この他、ワールド・ビジョンやプリズン・フェローシップ、米国福音同盟(NAE)など、多数のキリスト教団体で理事などの要職を歴任した。
バージニア大学のチャールズ・マーシュ教授(宗教学)は、パーキンス氏を「マーティン・ルーサー・キング牧師以来の最も影響力のあるアフリカ系米国人キリスト教指導者」と評価している。
2018年には、その半生を追った短編ドキュメンタリー映画「リデンプション」(英語)も公開された。
小学3年で学校を中退しているが、その生涯で10冊以上の著書を執筆し、19の名誉博士号を授与された。代表作の自伝的作品『Let Justice Roll Down(正義を大河のように)』は、今も多くの人に読み継がれている。
遺族には、74年以上連れ添った妻のベラ・メイさんをはじめ、8人の子どもたちとその孫たちがいる。パーキンス氏はホスピスケアを受けており、亡くなる数日前には、娘のエリザベスさんが、父の手を握りながら、回心のきっかけとなった「Jesus Loves the Little Children」を静かに歌い聞かせたことを明かしている。

















