アダムが生きた年代について、これまで学術的な解明が多く試みられてきましたが、いまだに特定に至っていないのはなぜでしょうか。その解決への鍵はヘブライ語「ヤラド」の解釈にあります。天地創造に関わる大変重要な単語です。
預言者の仲間<注>(ベンH1121)の妻の一人がエリシャに叫んで言った。「あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは主を恐れていました。ところが、債権者が来て、私の二人の子ども<注>(イェーレドH3206)を自分の奴隷にしようとしています。」(列王記第二4章1節)
<注>欽定訳聖書の英訳は共に「sons」(仲間、子ども)
ヘブライ語の「イェーレド」(H3206)は「ヤラド」(H3205)の派生語で、定義は次の通りです。
生まれたもの、若者や子孫など――少年、子ども、実、息子、若い男性/者
この原文から次のことが分かります。
「イェーレド」は「預言者(たち)の息子(たち)の子どもたち」を意味します。また、「二人の子ども」の(直接の)父親が「預言者の息子」であることが分かります。
「イェーレド」の語根/語源となる単語「ヤラド」(H3205)の『ストロング・コンコルダンス』の定義は次の通りです。
子を産む、<使役的に>生む、<医学的に>助産師の役目を務める、<特に>血統を示す――産む、生む、誕生(日)、生まれる、(子、幼子を)産み出す、育てる、(動物が子を)産む、子を成す、生じる、(子を)出産する、出産の時期、繁殖する、ふ化する、分娩、助産師(の職務を行う)、血統を宣言する、~の息子となる、陣痛(中の女性)
「血統」について――「ヤラド」(H3205)との関係
「血統」とは、先祖から子孫への系統のことで、代々受け継がれてきた家系をたどるものです。それには直系と傍系の先祖と子孫が含まれ、系譜を基にした家族的関連を確立するものです。「血統」はしばしば系図に記録され、家族内または部族内の関係や継承物/遺産などが列挙されています。
聖書ヘブライ語の「ヤラド」(H3205)は、系譜を語る文脈で広範囲に使われる動詞で、「生む」「出産する」という行為を表します。「血統」をたどる上で極めて重要な用語であり、大抵は直接的な親子関係を指し示しますが、より広範な系図の記録に寄与することがあります。「血統」の文脈での「ヤラド」(生む)がどのように使われているか見ていきましょう。
1. 直接的な親子関係を表す場合
「ヤラド」(H3205)は主に、親子間に直接の生物学的な血縁関係があることを指し示す場合に使われます。例えば、「アダム・ヤラド・セツ」であれば「アダムがセツを生んだ」という意味になります。
2. 何世代にもわたる広範囲な「血統」である場合
「ヤラド」(H3205)は、「血統」が多世代にわたることを指し示す場合にも使われることがあります。系図の記載において、直接的な親子関係ばかりではなく、幾つかの世代(人物)が省略されて示されることがあるようです。例えば、「X・ヤラド・Y、Y・ヤラド・Z」の場合、XとYとZとは同じ血統ではあっても「祖父・父・子」という直接的な親子関係とは限らず、幾つかの世代(人物)が明示されず省略されていることがあると考えられます。
3. 部族や民族の「血統」を表す場合
この用語は部族や民族の成り立ちにまで及ぶことがあります。例えば、「ヤコブの息子たち」は「ヤラド」(H3205)を用いて記述されることが多く、直接の子孫だけではなく、彼らから出た部族のことも表します。
4. 系図が記載される場合
系図が記される箇所では、ヤラド(H3205)は個人や集団の「血統」を確立し、たどるために繰り返し用いられ、先祖について明確に記載されています。例えば、創世記5章と11章で「ヤラド」(H3205)が使われていますが、アダムからノアへ、また、ノアからアブラハムへと広範囲に続く子孫がたどられています。
創世記5章3~32節の中から幾つか例を抜粋して見ていきましょう。
アダムは百三十年生きて、彼の似姿として、彼のかたちに男の子を生んだ(ヤラドH3205)。彼はその子をセツと名づけた。(創世記5章3節)
セツは百五年生きて、エノシュを生んだ(ヤラドH3205)。(創世記5章6節)
エノシュは九十年生きて、ケナンを生んだ(ヤラドH3205)。(創世記5章9節)
上のどの節においても、「ヤラド」によって、一つの世代から次の世代への「血統」が強調され、世代間の直接的なつながりを確立しています。
聖書における「ヤラド」の用例
「ヤラド」は通常、次のような意味で使われます。
1.「親となる」という意味で使われるヘブライ語「ヤラド」(H3205)とギリシャ語「ティクトー」(G5088)
ギリシャ語の「ティクトー」は、主として「出産する」「産み出す」という意味で使われていた動詞で、子孫の生物学的根源となることから「親となること」を含有するようになりました。聖書の文脈においては特に、物理的な意味で「出産する」「子をもうける」行為を指します。本来は「親」としてのより広範な役割である「育児」や「養育」といった定義は含まれませんが、「親となること」の一義的な意味となり得る「生命の起源または根源となる人」という概念を伝える言葉であることは確かです。
一般的に、ギリシャ語で男性が「(子を)生む」という場合には「ゲンナオー」が使われることが多いです。一方、「ティクトー」は、女性が子を出産する場合も男性が子を生む場合も両方の場合で使うことができます。
<注>英語のシソーラス(類義語辞典)によると、「親となる」(to parent)とは「子を産み育てる人」と定義されています。
「親となる」を表す英単語には「子を育てる」という意味が含まれるという点で、ヘブライ語「ヤラド」やギリシャ語の用法とは異なります。混同しないようにしましょう。
「ヤラド」(H3205)や「ティクトー」(G5088)が聖書でどのように使われているか見ていきましょう。
創世記4章1節、22節、16章1節、15節などの例があります。
人は、その妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み(ヤラドH3205/ティクトーG5088)、「私は、主によって一人の男子を得た」と言った。(創世記4章1節)
「ヤラド」(親となる)は以下の聖書箇所でも見られます。
女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子(ベンH1121/テクノンG5043)を産む(ヤラドH3205/ティクトーG5088)。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」(創世記3章16節)
2. ヤラド(H3205)が「直接的――連続した2世代の間で親が子を――出産する」という意味でも使われる場合
下の聖書箇所において、七十人訳聖書(ヘブライ語原典のギリシャ語訳)で使われている言葉はティクトー(G5088)ではなくゲンナオー(G1080)ですが、意味は同じです。ここでは「直接的に生命を与える者」という意味で使われています。
ちなみに、霊的な意味合いで「直接的に生む」ということを表す用法もあります。コリント人への手紙第一4章15節では「霊的な意味で直接的に生む」ことを表しています。
「肉体的/物理的な出産」の意味で使われている例は次の通りです。
ノアは三人の息子、セム、ハム、ヤフェテを生んだ(ヤラドH3205/ゲンナオーG1080)。(創世記6章10節)
これはノアの息子、セム、ハム、ヤフェテの歴史である。大洪水の後、彼らに息子たちが生まれた(ヤラドH3205)。(創世記10章1節)
セム、ハム、ヤフェテは全員、生物学的な意味でノアの直接の息子でした。
そして、注目していただきたいのは、ノアの息子たちにも息子たち――直接的な子孫――が生まれたことです。
これが、「ヤラド」(H3205)の2つ目の用法です。直接的な父子関係が、ヘブライ語「ヤラド」(H3205)およびギリシャ語「ゲンナオー」(G1080)によって示されているのです。
そして、これが、(アッシャー大主教をはじめとした)多くの研究者によって採用されてきた算出方法です。創世記の5章や11章における「生む」(ヤラドH3295)という言葉を用いてアダムの年代を特定しようとしました。しかし、創世記の5章と11章に出てくる「ヤラド/ゲンナオー」が必ずしも直接的な父子関係を表すものではないらしいという点が問題となってきているのです。
これこそが、アダムが創造されたのは何年前のことであるか特定することを難しくしています。それは、「ヤラド」が直接的な父子関係を表していない場合が幾つかあると考えられるからです。
直接的な父子関係はある意味、「血統」と呼ぶこともできるかもしれません。このことについては後ほど、「血統」という単語の定義をすることで、理解を深めたいと思います。
「ヤラド」という言葉の3つ目の用法について解説する前に、「血統」と「子孫/後裔(こうえい)」の違い、そして、「ゲノスG1085」と「ゲンナオーG1080」(ヤラドH3205)の違いについて見ていきたいと思います。これらを識別することが重要です。
「血統」と「子孫/後裔」の違い
<注>「血統」は「子孫/後裔」と同義語ですが、通常は使い分けられます。
1.「血統」
定義:「血統」とは、先祖から子孫/後裔への「直系の系統」を指し、代々続く「家系」または「血筋」をたどるものです。特定の家系内の全ての先祖と子孫/後裔が含まれ、幾世代にもわたる家族の連続性に焦点が当てられます。
範囲:「血統」には「父」「子」「孫」「ひ孫」など、その「家系」または「血筋」全体が含まれます。
例:「血統」をたどるなら、両親や祖父母、さらにさかのぼった先祖たちを含めた「家系」全体を調べることになります。
用法:「血統」は、「継承物/遺産」や広範な「家系」について語る場合によく使われ、聖書用語としては「ダビデの血統」や「アブラハムの血統」などのように使われます。これは、幾世代にもわたって血縁関係のある一連の人々のことを指しています。
2.「子孫/後裔」
定義:「子孫/後裔」とは、特定の祖先に由来する者のことで、家系をさらにさかのぼったある人物から見た「特定の関係」を指します。
範囲:「子孫/後裔」は、過去のある人物に由来する「個人」(または集団)のことで、その「先祖」との「関係」に焦点が当てられます。
例:「アブラハムの子孫/後裔である」とは、アブラハムの直接の子であろうと幾世代も後に生まれた者であろうと、アブラハムから出た子孫の一人であることを指します。
用法:この用語は、「ニムロデはクシュの子孫である」というように、その「先祖たち」と(血縁)関係のある人々を表現するために用いられます。この場合は、ある人が「ある別の人から出た子孫」であることに焦点が当てられるので、血統内の全ての人物の情報が必要とされるわけではありません。
上記の「血統」および「子孫/後裔」の定義から、セツとその子孫(子どもたちとそのまた子どもたち)、そして、カイン(とその子どもたち)は共にアダムの「子孫/後裔」であるといえるでしょう。セツとセツまでさかのぼる系統の全ての息子たちはセツの「血統」を形成し、また、カインとカインの息子たちとその子孫はカインの「血統」を形成することになります。
ところが、アダムの誕生年を特定する際に問題となるのは、ヤラド(H3205)が、ノアと子どもたちのような直接的(生物学的)な父子関係を定義する際に使用される単語でもある点です。というのは、この単語が、マタイの福音書1章2〜16節の系図や創世記10章8~12節のクシュとニムロデのように世代の隔たりのある血統関係の場合でも使われているからです(これら全ての場合についても「血統」と呼ぶことにします)。
<注>ニムロデをクシュの直接の息子と考える神学者もいます。しかし、創世記10章6~8節の文章の構造を考えると、それを証明するのは難しいと思われます。
ハムの子らはクシュ、ミツライム、プテ、カナン。(創世記10章6節)
クシュの子らはセバ、ハビラ、サブタ、ラアマ、サブテカ。ラアマの子らはシェバ、デダン。(創世記10章7章)
クシュはニムロデを生んだ。ニムロデは地上で最初の勇士となった。(創世記10章8節)
創世記10章7節では、クシュの息子たちについて語られた後、クシュの孫であるシェバとデダンに移っています。話題はクシュの直接の息子たちから孫に移っているのに、直後の8節では再度、「クシュはニムロデを生んだ(ヤラドH3205)」と言及されていることになります。私は、8節の記述は、ニムロデがクシュの直接の息子であったということではなく、クシュの「血統」であったことを示しているのではないかと考えています。聖書ではまずクシュの直接の息子たちの名前が書かれ、その直後にクシュの孫たちについて書かれています。その後でまたクシュの息子について語られるのは不自然ではないでしょうか。
このような理由もあって、創世記5章や11章で言及されている人物の年代を算出する際に、アッシャー方式――系図を文字通り直接的父子関係と見なす計算方法――を用いて特定しようとすることには注意が必要です。
例えば、マタイの福音書1章8節に「ヨラムがウジヤを生み」とあるのを見てみましょう。ヨラムとウジヤの間に数世代の隔たりがあることは歴史的に見ても明らかです。しかし、ここでは直接的な親子ではなく同じ「血統」であることを示すのに「ゲンナオー」(ヤラドH3205)が使われています。これは、「ゲンナオー」の使われ方が系図の記述において柔軟で、数世代前の先祖が「生む」場合をも指すことがあるということでしょう。
アサがヨシャファテを生み(ゲンナオーG1080)、ヨシャファテがヨラムを生み(ゲンナオーG1080)、ヨラムがウジヤを生み(ゲンナオーG1080)、(マタイの福音書1章8節)
これらの「血統」の形態(創世記10章8節に「クシュはニムロデを生んだ」とあるような使われ方)と創世記5章や11章で使われている時制の構造から考えると、記述されている関係が直接的な父子関係であるかそうでないのか断言することはできないようです。
「血統」と「子孫/後裔」との重要な違い
「血統」は多世代にわたる先祖や子孫/後裔の両方を含めた「家系全体」を指します。これは、先祖全ての系譜にまで広く適用される用語です。
「子孫/後裔」とは、前の世代の人物の「子ら」に当たる「特定の人」または集団を指します。それは、家系全体ではなく、ある一人の人物とその「先祖」との「関係」にさらなる焦点が当てられています。
用例を見てみましょう。
ダビデ王の「血統」といえば、(父である)エッサイ、ボアズ、オベデ、ユダ、イサク、アブラハムなどの「先祖たち」と、ソロモンや他のユダの王たちなどの「子孫/後裔たち」が含まれます。
ダビデ王の「子孫/後裔」といえば、ダビデの血筋に由来する特定の人物のことで、ソロモンや、かなり後であってもその家から出た人のことです。この場合、全ての先祖を考慮する必要はありません。
ニムロデとクシュについての文脈で、ニムロデがクシュの「血統」に属する者であると書かれているのであれば、ニムロデは、クシュの直接の息子ではないにせよ、「その広範囲に及ぶ家系」の中の一員であったことが分かることでしょう。ニムロデがクシュの「子孫/後裔」であると仮定するなら、ニムロデはクシュの家から出た人ではあっても、クシュとは数世代の隔たりがあったと考えられるかもしれません。
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