兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。(ローマ10:1)
もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。・・・「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」・・・同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。(同10:9~13)
この一年もいろいろありましたが、主によってここまで守られたことを感謝します。記録的な猛暑の中、健康を守られました。物価高で生活が苦しい中、神様によって平安な日々が与えられました。まず、私たちの心に感謝を整えていきたいと思います。
1. 感謝の心を整えよう
「『主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる』のです」(13節)。イエス様によって魂の救いを与えられていることを、心から感謝します。特別な資格や技術、お金がなければ救われないというのではなく、何の取りえもない罪人である私たちであっても救われるのです。
天地宇宙を創られた神様は、全ての者を愛し、恵み、強め、祝福し、人生に必要なものを与えてくださる恵みの神様です。今日改めて「感謝する」ことを思い起こし、この一週間、「感謝」をもって歩んでまいりましょう。
2. 主キリストとの出会いを感謝しよう!
感謝の心は、感覚や思いつき、感情ではありません。その土台となる救い主イエス・キリストとの出会いを何にも勝る恵みとして感謝しましょう。「だれでも救われる」ためのたった一つの条件は、「主の名を呼び求める者」(13節)と書かれています。「主の名を呼び求める」とは、イエス様を私の救い主ですと、口で告白し、心の中で信じ、受け入れることです。
イエス・キリストとの出会いは唯一無二、人としてお生まれになりながら、真の神様である特別なお方との出会いです。イエス様が、神様へと導いてくださる唯一の道であることを知り、イエス様との出会いが私たちの人生を変えてくださったことを心から感謝する者でありたいと思います。
3. 魂まで及ぶ救いを感謝しよう!
「分け登る麓の道は多けれど、同じ高嶺の月を見るかな」(一休禅師)。日本人の宗教観は、みんなそれぞれの神様を意識していて、神様に向かって歩めば、どんな宗教でもいいという考えです。どの宗教も善を語り、良い人になることを教えています。
しかし、山の頂上まで登れたとしても見上げるのは月で、神様に触れることはできません。魂の救いはないのです。私たちの信じる神様は、イエス様を通して実際にこの地上に降りてきて、罪深い私たちに救いの道を与えてくださいました。私の魂にまで及ぶ、イエス様による救いを頂こうではありませんか。
4. 愛する人々の救いを願い求めよう!
「私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです」(1節)と、この手紙の著者であるパウロは、同胞のユダヤ人たちの救いを切実に願い求めました。このクリスマスに、唯一無二の救い主イエス・キリストの恵みを知っている私たちは、私たちが救われたように、愛する身近な人々が救われることを主に求め続けようではありませんか。
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