日本には8千近くの地域教会があり、地域宣教の拠点として備えられていますが、残念なことに多くの場合、宣教活動が滞り、教会に集う住民の数は減少傾向にあるようです。さまざまな要因が語られますが、そもそも「タテ社会」を基本とする日本社会では、時間の経過とともに共同体は閉鎖的になり、外部との交流が難しくなる特徴を持っています。
また、そのような状況を放置すると、「タテ社会」の利点とされる良好な人間関係による強い絆や、迅速な意思伝達といった特徴も損なわれる危険が生じます。おそらく、宣教に関わる課題の多くは、信仰や聖書に関するものより、これら日本の共同体が持つ特有の課題に対し、有効な対策が取られていないことが原因のように感じています。
今回、「タテ社会」の利点を維持しながら、共同体の閉鎖性を克服し、活発な活動を続けようとする企業共同体を参考に、今後の宣教の在り方を考えたいと思います。
「もっといいクルマをつくろう」
私が長年在職したトヨタ自動車(株)は、2009年3月の連結決算で戦後初となる赤字に陥りました。その惨憺(さんたん)たる業績の中、新しく社長に就任する豊田章男氏が新年度の方針演説を行いましたが、その際、全従業員に向かって「もっといいクルマをつくろう」とメッセージを発信しました。
典型的な「タテ社会」を構成するトヨタの社内では、この単純なメッセージが、巨大な組織内の30万人を超える従業員に瞬く間に行き渡り、目指すべき姿勢が正されていきました。タテ社会のメリット(迅速な意思伝達)が大いに発揮された出来事でした。
もちろん単純で分かりやすいメッセージであったことは確かですが、意見を束ねることの難しい各分野の専門家たちが、経験の乏しい新任社長からのメッセージに対し一斉に襟を正し、協力して再スタートを切ったことは、驚くべきことでした。
大胆かつ継続的な組織変更
トヨタに在職した31年間を通し、私の職場では、大胆な組織変更が毎年行われ、業務遂行に大きな影響がありました。時には、受け入れがたい変更や、一時的には大きな負担を背負い込むこともありました。
実務を担う末端の組織では、業務遂行に支障を来すほどの組織変更を望みませんが、上位の管理職にある社員たちは、組織が硬直化し、閉鎖的になるのを防ぐ役割を常に担っていました。末端の組織まで有効に機能する「タテ社会」は、環境変化に応じた組織変更を通して、人材が有効に配置されてこそ成立するものなのでしょう。
戦後初の赤字という逆境の中、企業トップからの「もっといいクルマをつくろう」という単純なメッセージは、人材が有効に配置された「タテ社会」の構造を通し、大きなインパクトをもって行き渡っていったのだと思います。
人材を動かせない地域教会
私の住む神戸市東灘区には、多くの地域教会が存在します。歩いて行けるほどの距離に複数の教会があるのですが、お互いの連携や交流が活発に行われる様子は全くありません。それぞれの地域教会が、異なる「タテ社会」を持っているため、外部の人、特に同種の働きをする共同体と連携しないのは、「タテ社会」に見られる典型的な特徴です。
お互いを無理に連携させようとするとゆがみが生まれてくるでしょう。地域教会は効率を求める組織ではありませんので、容易に人材の配置を変更するわけにもいきません。
外部の依頼、相談に応じることから
このように連携の難しい地域教会ですが、弱さを抱える人々に寄り添う必要があると、多くの教会が連携しやすくなります。神戸や東北の震災時には、多くの教会から牧師や信徒が駆けつけ、協力して現地の必要に応えました。
教会につてのない方から葬儀や結婚式の司式を依頼されたり、病床訪問や出張礼拝、また看取りの依頼を受けたりすることもありますが、これらの依頼に対応してくださる教会も多くあります。また数年前、九州の教会より、神戸に転居した求道中の老夫婦のサポートを依頼されたことがありました。
私は神戸にある諸教会に相談し、幾つかの教会の礼拝にお連れしました。どの教会も丁寧に応じてくださり、じっくりと検討を重ね、現在通われている教会に落ち着いた後、洗礼を受けることができました。
この場合、九州の教会、神戸の諸教会、そして教派を超えて活動する私が、老夫婦に寄り添う働きに図らずも連携できたことになります。
地域教会から宣教が拡大する
確かに「タテ社会」構造を持つ地域教会が、自ら教会、教団、教派を超えて連携し、宣教を拡大するのは難しいことです。しかし、教会外の弱さを抱える人々から相談や依頼が入ると、ちゅうちょなく連携できる要素が教会には備えられています。
私たちは、教会外のそのような相談や依頼を教会内に届け、人的交流を促したいと願っています。教会外との交流は、教会内に新たな祈りの課題を与え、人的配置をおのずと適正化し、教会をより健全に導けると考えています。
やがて、私たちの主イエス・キリストから「もっと多くの人に福音を伝えよう」とのメッセージが地域教会の末端まで力強く行き渡り、活発な宣教活動を通し、多くの人が真の神様を知るようになることを心より願っています。
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