「祈りとは私たちと神様の距離である」と聞いたことがある。どれくらいの頻度で、どの程度の長さで祈りをささげるか、またどのような内容の祈りをささげるか、が両者の関係性を示すということであろう。そういった視点で見るなら、本書は、神様を(良い意味で)この地に引きずり下ろすような「生活感あふれる祈り」で満ちている。祈りのレンジが広く、しかもその文言の一つ一つがずっしりと心に残る印象深いものとなっている。神様との関係性を示すバロメーターである祈りが、私たちにとってどれだけ身近なものになっているか。本書は、祈りと私たちの距離を教えてくれる良書である。
本書の執筆・編集を行ったのは、青山学院大学の宗教主任会。つまり、本書はある意味「大学内祈祷書」である。ミッションスクールが、受験や就活をミッション(使命)の最優先事項にしてしまったと言われて久しい。しかし、そう陰口をたたかれながらも、キリスト教精神をしっかりと後世に伝えようとする努力は、それぞれのミッションスクールで行われている。2019年には、明治学院が『ヤバいぜ!聖書(バイブル) あなたに贈る40のメッセージ』(新教出版社)を出版して脚光を浴びた。その流れを継承しつつも、よりまじめな形で収斂(しゅうれん)させたのが本書の特色の一つだといえよう。「まじめにふまじめ」は「かいけつゾロリ」だが、「ふまじめにまじめ」は本書の数ページに当てはまる「枕ことば」である。
では、具体的に「まじめ」な部分から取り上げていこう。まず「新入生歓迎」のページには、次のような祈りが掲載されている。
新型コロナウイルスの蔓延によって不自由を余儀なくされ、キャンパスに通うこともかなわず、過ごしてまいりましたが、ここに集められた私たちの四月からの新しい門出を祝福し、青山学院大学での学びへの志を改めて確かなものとし――(12~13ページ)
祈りの中で、まず新型コロナウイルスのことが取り上げられている。ここから、学生たちに寄り添う宗教主任会の姿勢がうかがえる。本書はまず、青山学院大学に通う学生たちに寄り添う祈り集として企図されたのである。
さらに項目は具体的になる。「学長選挙」「同窓会」「ハラスメント防止委員会」など、本来なら人間の手によって運営されるさまざまな組織の背後に、神の御手が伸べられていることを前提とした祈りが掲載されている。実際に各現場で葛藤し、勇気をもって踏み出し、それでもなおたたずんでしまう現実の中、こういった細やかな祈りは心に響くだろう。
続いて、青学といえば「箱根駅伝」といっても過言ではない。駅伝に関しては全くの素人である私ですら、箱根駅伝での青学の雄姿は心に焼き付いている。箱根駅伝の壮行会での祈りが、まさに「青学のプライド」を垣間見せるものとなっている。
聖書の御言葉のごとく、これらの選手たちはあらゆる誘惑を捨てて、自分に定められている競争を忍耐強く走りぬこうとしています。(58ページ)
「いやいや、聖書の御言葉と駅伝をリンクさせられるのは、青学ぐらいなものでしょ!」と思わず叫んでしまった。しかも、祈りの対象は、自校の関係者や選手だけでなく、他校の選手、テレビやネットで応援する人々にまで及んでいる。このあたりが実は強さの秘訣なのかもしれない。
さてお待ちかね。「ふまじめにまじめ」な箇所に入ろう。
「一日の始まり」という定番の祈りの箇所では、こんな文言になっている。
ゆったりと、まどろみながら目覚める朝がある一方、全力疾走で家を駆け出る朝があります。どの朝も、あなたが備えてくださったかけがえのない一日の始まりとして、感謝して受け取ることができますように。(64~65ページ)
イメージとして、パンをくわえて学校に向かうのび太くんのような学生の姿が思い浮かんできたのは、私だけだろうか。
そして極めつけは「パソコンの調子が悪い」ときの祈り。
神さま、パソコンというものはなぜ、大切な時にかぎって、動かなくなるのでしょうか。私の大切なデータが無事に保存されていますように。もし保存されていなかったなら、滞りなく復旧させてくださいますように。(76ページ)
笑っていいのか、泣いていいのか・・・。でも「分かる、分かる」と言いたくなる祈りである。
ついでに「失恋」したときの祈りも見ておこう。
神さま、失恋しました。傷ついています。(中略)どうしてこんなことになったのだろうとあの人を、自分を責め続けています。神さま、どうぞ助けてください。傷を癒やしてください。あの人を恨むのではなく、幸せに生きていけますようにと祈らせてください。(79ページ)
本当は、いろいろ相手に(そして神様にも)言いたいのだろうが、やはりどこまでいっても「祈り」であるため、自制の実が結ばれているようである。
最後に未来を先取りしたような祈りを紹介しよう。それは「難民(申請者)を忘れない」祈りである。
全地の主であられる神さま、不正な政治や戦争・紛争などのために、故郷を追われ、どこにも安心できる場所のない人々のために祈ります。(113ページ)
これは狙ってできるような祈りではない。日頃からその精神で祈りを積み上げてきたからこそ、こういった祈りが入れられたのだろう。この項目のためだけに特別に力を込めていないからこそ、本書の祈りのクオリティーの高さを証明しているといえよう。
私たちもぜひこのような祈りを日々ささげられるようになりたいものだ。聖書に「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝せよ」とあるように。
■ 青山学院大学宗教主任会編著『大学の祈り 見えないものに目を注ぎ』(日本キリスト教団出版局、2022年2月)
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