Bilingual の人、あるいは multilingual の人が、本当は必要のない通訳を使って話すことがあります。例えば、国家元首が海外で演説するとき、英語が自由に話せるにもかかわらず、通訳を介して母国語で話すことが多いようです。その理由は、おそらく母国の威厳を保つことと、自国の人たちがそのニュースを見て違和感なくその演説を聞くことができるためでしょう。
あえて通訳を使う他の理由もあります。私たち夫婦は20数年にわたり、地域社会に貢献するために、また伝道のために “English Bible Class”をいろいろな場所で行っています。English Bible Class では私が100パーセント英語で話し、家内が日本語に通訳する形式を取っています。単なる Bible Class ではなく、English Bible Class なので、全てを日本語で行ったらその意味が半減してしまうからです。ですから、私は日本語(母国語)が話せるにもかかわらず、あえて通訳をつけて英語で話します。
また、かれこれ30年続いている軽井沢の恵みシャレーで行われている「通訳セミナー」でも、私は全ての講義を英語で行っています。日本人の参加者にわざわざ英語で話すのには、それなりの理由があるからです。
通訳を使って失敗したこともあります。ある時、仲間と一緒に地方の旅館に宿泊しました。その時、私は面白半分で日本語が分からない外国人を演じてしまいました。旅館のスタッフに英語で語り掛け、仲間の1人が日本語に通訳しました。そしたら「Mr. Kinoshita は日本語が通じない人」というレッテルが貼られてしまいました。それで私は会話を日本語に切り替えることができなくなり、非常に不便な生活を強いられてしまいました。
聖書に、兄弟と話すときに母国語を使わず、わざわざ外国語で語り、母国語に通訳させた人が登場します。それは兄たちによりエジプトに売られてしまったヨセフです。今日、エジプトではアラビヤ語が話されているので、ヘブライ語を使うユダヤ人はエジプト人の会話をなんとか理解できるようです。なぜならアラビヤ語(イシマエル系の言語)とヘブライ語(イサク系の言語)は同族で、似ているからです。
でも、ヨセフの時代、エジプトではコプト語が使われていたようなので、イスラエル人はエジプト人の言葉を通訳抜きでは理解することができませんでした。エジプトに売られたヨセフは、やがてコプト語をマスターし、総裁の座にまで上り詰めました。当時、中近東で大飢饉が起こり、食料が不足したとき、ヨセフの兄弟たちは、備蓄があったエジプトに買い出しに来たのですが、ヨセフはすぐに彼らが自分を売った兄弟たちだと分かりました。
ここからヨセフの芝居が始まるのですが、彼はヘブライ語が分からないふりをしました。創世記42章23節に「彼らはヨセフが聞きわけているのを知らなかった。相互の間に通訳者がいたからである」と書かれています。ヨセフが通訳を使った理由は、兄弟たちをうまく誘導し、最終的に同じ母から生まれた弟ベニアミンと再会するためでした。
しかし最終目的は、父ヤコブをはじめ家族親族全員をエジプトに移住させることでした。でも、いきなり母国語を話し、自分が弟ヨセフであることを明かしたら、兄たちは慌てて逃げ去り、2度とエジプトには戻らなかった危険性があると、ヨセフは思ったに違いありません。
ヨセフは兄たちの会話を全て理解していたにもかかわらず、分からないふりをしたのですが、その時の彼の気持ちを、私は少しだけ理解することができます。私も日本語が話せないふりをし、日本人と通訳を介して会話した経験があるからです。私の場合はジョークでやったことでしたが、ヨセフの場合はかなり深刻であり、また真剣であったので、エジプト人を演じるのはかなりつらかったであろうと察します。
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