相手は自分を反映する鏡
自分が病気になったり、弱い立場になったとき、強い立場にある人の気持ちは、手に取るようによく分かる。自分の考えを言うときや、何かを頼むときや、せっかくの行為をお断りするとき等々、低く丁重に出るときはよいけれども、そうでないとき(私としては普段の普通の出方)は、何か不愉快な感じを与えるようである。せっかくしているのに・・・何を甘えてばかり・・・何を偉そうに・・・とかいうふうに。
弱い立場もいつまでも続かない。逆転するときもある。いざ自分が強い立場に立つと、強い立場の気持ちになってしまい、せっかくしているのに・・・何を甘えてばかり・・・何を偉そうに・・・とか思ってしまうから不思議である。弱いときの低く丁重な心は淡くなってしまう。
それでは、“相手は自分を反映する鏡”というのは理想であって、不可能なことであろうか。私は不可能であるとは思わない。実際、世の中にはいろんな人間関係があると思うけれども、私の知る限りでは、本当に“似た者同士”という言葉が示す通り、似た者同士が人間関係を続けている。完全にはできないかもしれないが、お互いの心が反映して、人間関係を築き上げてきたのだと思う。
それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。(マタイ7:12)
人間社会での人間関係は、全てがそうではないかもしれないが、利害関係に基づくものが多い。故に、利害関係がこじれてくると、人間関係もこじれることが多い。
また人間は、すぐに忘れる。してもらったことはすぐに忘れ、したことはなかなか忘れない。
見返りというのを期待する人間を相手にする限り、その人間関係は不安定である。人間の背後におられる神の栄光を表すためにするとき、私たちの謙遜も不安定なものではなくなる。
まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。(マタイ25:40)
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米田武義(よねだ・たけよし)
1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術(株)国内留学生)で学ぶ。国土防災技術(株)を退職し、(株)米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』(イーグレープ)。