玉川大学教育博物館(東京都町田市)で5日から23日まで、2015年度特別展示「静岡ハリストス正教会寄贈 山下りん・日比和平が描いたイコン」が開催されている。今年3月、静岡ハリストス正教会(静岡県静岡市)から同博物館に寄贈された、日本初のイコン画家・山下りん(1857~1939)のイコン6点と、熱心な正教徒で50年以上にわたってイコンを制作した日比和平(1914~2000)のイコン14点が、修復・保存措置を終えて、お披露目されている。
山下りんは、笠間(現茨城県笠間市)藩士の娘に生まれたため、生まれながらの正教徒ではない。浮世絵を学ぶために上京したことをきっかけに洋画と出会い、明治政府が設立した工部美術学校に入学したことをきっかけに、同窓生の勧めで正教会の洗礼を受けた。一方の日比和平は、父が東京の四谷正教会の司祭であり、一族も祖父の代からの熱心な正教徒であったことから、和平自身も東京ニコライ堂の日本正教神学校で学び、伝道師となる。
幼い頃からイコンを見て育ち、まねて描くのが好きだった和平のイコンは、イエス・キリストの生涯を物語性豊かに描き出しており、ロシアやギリシャのイコンとの類似点も多い。りんは、ロシアに渡り、女子修道院でイコンの画法を学ぶが、どちらかというと美術館に入り浸って西洋絵画を模写することのほうに熱心だったようで、帰国後に制作したイコンも、西欧宗教画の影響が強く現れた女性的な柔らかさのある画風が特徴的だ。
正教会において、イコンを描くというのは聖なる作業であり、厳格な作法にのっとって型を写しながら制作される。その手法は、師から弟子へと継承されていくもので、イコンの作者にスポットライトが当たるのはまれなこと。そのため、作者が特定できていないイコンが多い。りんと和平、二人のイコンが並べて展示されること自体が非常に珍しい機会であると同時に、ロシア、ギリシャのイコン、ローマ・カトリックの宗教画を比較しながら見ることができる、またとない展示になっている。
9日に行われた初回のギャラリートークには、30人以上の参加者が集まった。正教会の司祭をはじめ、カトリック教会のシスター、同大学の学生など非常に幅広い層の人々が、学芸員の解説に熱心に耳を傾けていた。主幹学芸員の柿﨑博孝氏によると、「イコンの展示は大変人気がある。聖なるものへの人々の関心が高まっているように感じられる」という。
同学園の創立者・小原國芳はプロテスタントの信者であったが、教派にとらわれない「聖なるものを大切にする」宗教教育を実践していた。その精神を受け継いだ、後継者の小原哲郎氏によって、創立50周年(1979年)記念事業の一環として、ロシアとギリシャのイコン収集が始められ、現在では国内有数のコレクションが形成されている。昨年秋にも、玉川学園創立85周年記念特別展「東と西のキリスト教美術-イコン・西欧絵画コレクションから」が開催され、好評を博した。新聖堂建築による規模縮小から、旧聖堂のイコノスタス(信者のいる聖所と祭壇のある至聖所を仕切る壁、正教会の聖堂建築で最も特徴的な部分)に収められていた20点のイコンの対応を検討していた静岡ハリストス正教会からの寄贈も、その特別展をきっかけに話が持ちかけられた。寄贈当時、作品は経年により激しく傷んでいたが、修復措置と保存措置が全点に施され、色彩が鮮やかによみがえった美しい姿を、今回の展示では見ることができる。特に、山下りんに関しては、宗教画という枠から美術史的には取り上げられることが少なかったが、近年その功績に対する関心が高まっているといい、同博物館でも、さらなる調査研究を進めていく予定だという。
2015年度特別展示「静岡ハリストス正教会寄贈 山下りん・日比和平が描いたイコン」は、23日(金)まで。平日午前9時~午後5時まで開館。入場は無料。詳細・問い合わせは、玉川大学教育博物館(電話:042・739・8656、ホームページ)まで。