最先端科学の謎から科学の本質について考える講演会「オンライン・サイエンスカフェ」(インターナショナルVIPクラブ西落合・ルワンダなど主催)が5月16日、インターネット会議システムを使って開かれ、49人が参加した。電子物性工学が専門の阿部正紀・東京工業大学名誉教授が講演し、最先端宇宙論の未解決問題を解説しながら科学の本質に迫った。
昨年11月に第1回をオンラインで開催し、今回が2回目。前回も阿部氏が講演し、一般に客観的なデータと合理的な理論のみに基づくと思われがちな自然科学も、実は証明できない前提に立っていることを紹介。また、中世の西欧では宗教によって科学の発達が阻止されたとする「中世暗黒説」が、専門家の間ではすでに撤回されている理由を説明した。
今回は宇宙論をテーマに、1)無からミニ宇宙が生まれ(量子宇宙論)、2)インフレーション(加速膨張)して火の玉宇宙になり(インフレーション理論)、3)その後減速膨張して現在の宇宙が形成された(ビッグバン理論)とする最先端宇宙論が抱える未解決問題を解説した。
まず取り上げたのが、1927年に提唱されたビッグバン理論。一般に、ビッグバンは宇宙の始まりに起きた「大爆発」を指すと考えられているが、最先端宇宙論では、初期宇宙が超高温・超高圧状態にあったことを指す。
ビッグバン理論を提唱したのは、ローマ教皇庁科学アカデミーの元院長で天文学者・宇宙物理学者だったジョルジュ・ルメートル神父(1894〜1966)。29年には、遠方の銀河が太陽系を含む天の川銀河からの距離に比例する速度で後退しているというハッブル・ルメートルの法則が発見されたことで理論が裏付けられ、当初反対していたアインシュタインも認めるに至った。また、初期宇宙から現在の宇宙が形成される過程で放射された光とされる「宇宙背景放射」が64年に観測されたことでさらに理論が裏付けられ、宇宙論の標準的理論として広く認められるようになった。
だが、このビックバン理論も深刻な未解決問題を抱えており、「証明された確実な理論とはいえない」と阿部氏は指摘する。その最大の謎は、実際に観測できる物質が、宇宙を構成する物質とエネルギー全体のわずか5パーセントにすぎないことだ。残り95パーセントの「暗黒物質」「暗黒エネルギー」と呼ばれる膨大な未知の要素は、その正体を明らかにする見通しすら立っていないのが現状だという。
さらに謎を深めるのは、「暗黒エネルギー」の理論的な計算値が実際の観測値より120桁も大きい点だ。これは「物理学史上、最悪の理論と観測の不一致」とまでいわれる超難問で、解決の見通しがまったく立っておらず、30年以上も無視されたままだという。
次に取り上げたのは、インフレーション理論。アインシュタインの相対性理論に素粒子論を結び付け、81年に宇宙物理学者の佐藤勝彦とアラン・グースがそれぞれ同時期に提唱したが、ここにも深刻な未解決問題が大きく2つあると阿部氏は指摘する。
インフレーション理論では、無から誕生した直径10のマイナス34乗センチのミニ宇宙がものすごい勢いで加速しながら膨張(インフレーション)し、直径10センチほどの火の玉宇宙、つまりビッグバン状態になったと仮定する。だが、致命的な問題は、そもそも宇宙をインフレーションさせるメカニズム自体が不明なこと。そのため、恣意的な仮定を導入してインフレーションが起きるようにした理論が乱立している状況だという。
また、無から有が生み出されたことを説明するために、無から真空のエネルギーが取り出されたと仮定する(いわゆる「ただ飯理論」)。真空のエネルギー(正)が重力のエネルギー(負)と引き換えに取り出されたとすることで、確かにエネルギー保存の法則は満たされるが、無には空間も時間も物質・エネルギーも存在しないため、そもそも既存の物理法則が成り立たない。そのため、この仮定は理論からも実験からも証明が不可能だと阿部氏は指摘した。
最後に取り上げたのは、無からの宇宙創生を扱う量子宇宙論。その中で最も重要とされているのは、車椅子の天才物理学者スティーブン・ホーキングが提唱した理論だ。ホーキングは、ミニ宇宙が無から、仮想的な虚数の時間が流れる世界を通過して、実数の時間が流れる現実の世界に飛び出したと仮定する。虚数の時間とは、実体のない想像の産物だ。そのため、理論的に考察することも、観測することもできない。
さらにホーキングは、科学で扱えない無に対し、仮想的な原理を導入している。このことからも、ホーキングの仮定は理論によっても観測によっても検証が不可能だと阿部氏。「現状では、超自然を排して科学の方法だけですべてを説明する自然主義に基づく最先端宇宙論では、宇宙の起源が解明できたとは言い難い」と語った。
「今の科学体系が否定され、説明できないことを説明できるまったく新しい体系が出てくる可能性はあるか」との質問に阿部氏は、「科学者の中にも、今の体系では説明できないがそのうちできると考える人と、やはり人知には限りがあり、超自然的な存在を認める創造論やインテリジェント・デザイン論などを信じる人の2つのパラダイムがある。それぞれがどういう根拠に基づいて、どういうことを主張しているのかを紹介し、皆様に見極めていただくための資料を提供するのがこのサイエンスカフェの目的」と話した。
また、「科学では宇宙の起源は解明不能、イコール創造主なる神がおられる証拠か」との質問には、「そのように考える信仰者もいる。しかし、ほとんどの科学者は、創造主を認めない人も認める信仰者も、自然界の出来事に限って自然主義的な方法で説明しようと努めている。現段階で解明できないからすぐに神の御業と決めつけるのではなく、解明できる可能性を心にとめながら探求を続けることが、すべての信仰者にとって大切」と語った。
さらに、「創造主を信じる信仰は科学と矛盾するか」と問われ、「すべての事柄は、超自然を排する自然主義に基づく科学の方法で解明された、あるいは解明されるはずと考えている人々にとっては矛盾する。しかし、自然界の出来事に限って科学の方法で探求することは創造主に対する信仰と何ら矛盾せず、私を含め、神を信じるほとんどすべての科学者がこの立場をとっている」と述べた。
次回も阿部氏が宇宙論をテーマに講演する予定。前回の講演内容を含め、講演会の関連情報をホームページなどで随時発信していくという。
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■ 阿部正紀氏の本紙連載コラム「科学の本質を探る」