最近読んだ本の中で、ヘレン・ケラーの自叙伝があります。彼女が大学生の時に書いたものです。ヘレン・ケラーの心の中がどんなものであったか、彼女が何を思い、何を考え、何を生きる目標としていたかを知る手掛かりとなる重要な資料だと思いました。この本を読んで分かることは、ヘレン・ケラーは非常に優秀な頭脳の持ち主であったと同時に、豊かな感性を持ち合わせていたということです。三重苦のハンディを持ちつつ、学びたい情熱がほとばしり出て、ラドクリス女子大学、後のハーバード大学に学び、首席で卒業しています。
この自叙伝の中で、彼女は11歳の時の苦い経験について書き記しています。それは、彼女が初めて作文を書いたときのことです。秋の抒情詩的な文章で、彼女の心からまるで湧きあふれるように言葉が次々と出てきたのを、点字にして書き下ろしたのです。それを読んだ家族や友人が驚いて、それは誰かの本から取った言葉なのか、それともヘレンが自分で考え出した言葉なのか、ヘレンに尋ねました。ヘレンは深く考えることもなく、また、何を質問されているかその意味すらよく理解できないまま、それは自分が考えて書いたものだと答えたのです。
すると、それならぜひこれを公にしよう、ということになり、ボストンで出版されたのです。ヘレンは天にも昇るような喜びを味わいました。ところがです。しばらくすると、その文章が盗作ではないか、という疑いがかけられたのです。
キャンディという人の書いた文章と非常に似通っていたのです。ヘレンは自分の心から湧いてきた文章を書いたつもりが、誰かが彼女に読んでくれた本の言葉を無意識のうちに脳裏に刻み込んでいて、それが彼女の表現となって出てきていたのです。このことが分かってから、ヘレンは大変苦しみました。多くの人の信頼を傷つけたこと、特に自分に親切にしてくれていた人たちに疑念を与えたことで彼女は苦悩しました。そのため、もう2度と文章は書くまいとまで思ったのです。
しかし、そのようなつらい経験をした彼女はやがて成長し、素晴らしい思想を世に著すようになっていきます。やはり多くの人に希望を与える人は、苦悩の坩堝(るつぼ)を体験しているのですね。
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