特別養護老人ホーム「練馬キングス・ガーデン」(社会福祉法人キングス・ガーデン東京)は、1996年に開設して今年で21年目となる。開設当初から運営に携わってきた施設長の中島真樹(まさき)さんに話を聞いた。
日本イエス・キリスト教団西宮聖愛教会の牧師だった中島秀一氏(現在は荻窪栄光教会牧師、キングス・ガーデン東京理事長)を父親に持つ中島さんは71年生まれ。高校は親元を離れて、滋賀県の近江兄弟社学園に入学した。高校3年の時、滋賀県にある知能に重い障がいを持つ人たちの生活施設「止揚学園」(当時、福井達雨園長)に見学に行き、中島さんは心を大きく揺さぶられる。
高校卒業後は、上京してルーテル神学大学(現ルーテル学院大学)文学部社会福祉学科に入学。「障がいがある人と共に生きる止揚学園のような働きに自分も関わっていきたいと漠然と思っていました」と当時を振り返る。
それが確信と変えられたのは、大学1年生の時。機械に足を巻き込まれ、足首にひどい骨折を負ってしまったのだ。今も障がいとして残るひどいけがは、これまで親に愛し守られ、また教会の中でもかわいがられてきた上に、信仰もあって絶対的安心の中で生きてきた中島さんにとって初めての挫折だった。それと同時に、初めて自分に向けられた神の愛を知らされる時でもあった。
「大けがをしたことで、イエス様が味わわれた試練と自分のこの苦しみが重なり、こんな苦しい思いをイエス様は自分のためにしてくださったのだと気付きました。そして、これからの人生、けがをして不十分な自分だけれども、イエス様に示された道を進んでいこうと心の底から思いました。その苦しい時期を乗り越えられたのも、ここまで歩んでこられたのも、この時の思いがあるからです」
そして、このけがはきっと自分の生きていく道に関係しているはずだと真剣に考えるようになったという。
「そういう中で、福祉の仕事が思い浮かんだのです。痛みとか弱さを持ちながら、それを生かせる仕事だと。大人にならなければいけない時に、そういう経験をさせてもらったことは感謝なことだったと思っています」
大学では地域福祉に関心を持ち、卒業論文も「キリスト教社会福祉について」というテーマで書いた。卒業後はまず「一人一人を支援していきたい」という思いから、町田市にあるキリスト教主義の児童養護施設「バット博士記念ホーム」に就職し、仕事も生活も一緒になった生活が始まった。そこで2年間勤務した後、新しく開設される練馬キングス・ガーデン(以下:練馬KG)に移ることになった。
30年ほど前から、日本の高齢者政策の中にゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10カ年戦略の通称)が導入され、その頃に建てられた老人ホームは在宅福祉事業とセットになっていた。練馬KGも特養老人ホームが主だったが、開設当初から在宅介護支援センターの事業も受託しており、最初、中島さんはそこに配属された。
その後、30代後半で施設長を任され、8年がたつ。「自分は、強いリーダーシップを発揮するよりも、『どうぞやってください』というタイプで、調整役に入る方が向いています。自分にできないことを職員にやってもらっています」
施設長としての課題の1つは人材確保だが、「収穫は多いが、働き手が少ない」(ルカ10:2)。しかし、練馬KGは他の施設に比べて職員の定着率が高く、安定している。
「いいケアをするためには、職員の一人一人の個性や能力、理解力や成長具合に合わせた個別の教育、サポートをする必要があります。そうでないと、『自分は大切にされていない』『役に立っていない』とすぐに辞めてしまうからです。だから、まずは『自分はここにいていいんだ』『自分にも役割がある』『必要とされてる』と思ってもらえるようにしています。それぞれ与えられているものが違うのに、『自分はできるのに、この人はできない』と責めてしまうと、組織で仕事をするのは厳しい。聖書に書かれているように、お互いできることとできないことを認め合い、尊重し合う。職員が支え合うチームケアが練馬KGの特徴です」
職員のほとんどはクリスチャンではないが、このことは施設を運営していく上で決して悪いことではないという。
「イエス様は、クリスチャンだけでなく、人間皆に『自分を愛するように隣人を愛せよ』と命じられています。また、イエス様が励ましや癒やしをしてきたのはクリスチャンだったからではありません。クリスチャンであるなしに関係なく、その地域で出会った人たちを支援する。社会福祉の事業はそれでいいのではないでしょうか。ただ、そういう考えのベースになっているのはキリスト教なので、その理念に共感でき、共有できる人と共に働こうと考えています」
これまで、出会いの中で人が変えられていく姿を何度も目の当たりにしてきたという中島さん。
「福祉の仕事には、常に出会いがあって、ドラマがあって、感動があります。そこには、気付きや学びがあって、自分が成長できます。人のことを思いやり、その生活を支え、最後までお世話させてもらうことは、社会の中でキリストに倣う生き方の実践であり、尊い仕事をさせてもらっていると思っています」
その一方で、「その人のいい部分だけでなく、弱い部分や受け入れられない部分にも同じように寄り添わなけばならない」と中島さんは言う。特に認知症、精神的疾患のある人は、日常のささいなことで心が不安定になり、怒りや焦りの感情が現れ、それがトラブルとなることもある。尊重するところは尊重し、譲り合えるところは譲り合うとしても、それで解決するとは限らないという。
「こういう対応に正解はなく、相手との関係性が大切です。相手の心の深い部分を自分なりに見きわめながら寄り添っていかなければなりません。キングス・ガーデンの理念は『夕暮れ時に、光がある』(ゼカリヤ14:7、新改訳)です。ただ助けるだけではなく、お年寄り一人一人を輝かせるためのケアです。だからこそ、ケアする職員も輝いていなければならないのです」
10年近く前、練馬KGでターミナルケアを導入しようとしたものの、さまざまな事情で断念していた時のこと。ほとんど意識のない100歳の女性入居者の家族が「練馬KGで最期を迎えさせたい」と相談に来た。最初は日中だけ入院中の病院から預かっていたが、そのうち「どうしても練馬KGで最期を」ということになり、家族が希望する医師に担当してもらい、ここで最期の時間を過ごすことができた。その間、職員が交代で、中島さんも家族と一緒に泊まり込んでお世話をし、みとったという。
そのことがあって以来、これまで消極的だった人たちの考えも変わり、ターミナルケアができる施設へと改革された。中島さんは次のように語る。
「神様は弱い人を用いられます。その女性のお年寄りは話もできないし、動けなかった。でも、キリスト者として100年近く過ごし、最後に大きな働きをされました。そう考えると、神様はどこで誰を用いられるか分かりません。もし弱くて何もできない人であっても、その人には最後まで役割があるのです。キングス・ガーデンの『夕暮れ時に、光がある』の理念が実現されていると心から思った出来事でした」