唐代景教の聖書地名などの漢訳
景教徒たちが漢訳した聖書の地名などの一部を下記に記しました。
エルサレム ➡ 烏梨師斂城(世尊布施論に1回、イエス・メシア経に1回)
ユダヤ ➡ 伊大城(世尊布施論に1回)
ナザレ ➡ 那薩羅城(宣元本経に1回、宣元至本経に1回)
ヨルダン ➡ 約旦、述難(イエス・メシア経に2回)
ローマ帝国領のユダヤ ➡ 大秦国(大秦景教流行中国碑に4回、宣元本経に1回)
コンスタンチノープル ➡ 拂林(世尊布施論に5回、イエス・メシア経に1回、一神論に1回)
ペルシア ➡ 波斯(大秦景教流行中国碑に1回、世尊布施論に3回、一神論に2回)
宣元本経と宣元至本経に「大秦国那薩羅城(ナザレ)」とあります。「大秦国」とはローマ帝国のことを指しますが、「ローマ帝国領のユダヤ国」の意味があります。
「大秦景教流行中国碑」にも「大秦」が付けられています。景教とは大きな光の教えで、世の光なるイエスの教えと考えますなら、「ユダヤからイエスの教えを中国に伝えた碑」となります。景教の派遣国はペルシアですが、教えの発祥はユダヤですから、そのように考えていたのでしょう。
※ 参考文献
『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)
『景教のたどった道―東周りのキリスト教』(キリスト新聞社、2005年)
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