講演II 改革派教会の伝統から
午後1時からは、講演会IIとして、改革派教会の伝統から、スイスの2人の教会代表者が講演した。
「スイス宗教改革とディアコニア」
まず、スイス連邦・アールガウ州教会議長のクリストフ・ヴェーバー=ベルク氏が「スイス宗教改革とディアコニア」(スライドでは「スイス改革教会とディアコニア」)と題して講演した。
ヴェーバー=ベルク氏は初めに、改革派州教会アールガウについて紹介し、同教会の規則で定められたディアコニアの基礎を報告。そしてこの州が、スイス連邦での社会奉仕に関わるディアコーン養成のための、ドイツ語圏スイスの重要な機関の所在地であることについて報告した。そして最後に、難民に関わる目下焦眉の要請について述べた。
ヴェーバー=ベルク氏によると、アールガウ州ではスイス連邦を構成する26州の一つで、州は部分自治区であり、教育や厚生福祉、そして教会も自治なのだという。
同氏はまた、アールガウ州教会の信仰告白や歴史と現況(2014年現在)を説明するとともに、ディアコニアに関する同教会の規則を紹介した。
ヴェーバー=ベルク氏によると、同規則33条には(1項)「ディアコニアは全ての人に対する対人的な配慮であり社会的責任である。それはイエス・キリストの全てを包括する愛に基づき、行いにより聖書の言葉を証しする。全てのキリスト者はディアコニアへと呼び出されている」、(2項)「このような対人的配慮は守秘義務を課す」、(3項)「各個教会はディアコニアの奉仕に責任を持つ人材に能力が与えられ、養成されることに配慮する。個々人やグループに寄り添うこと、自立した奉仕に携わるボランティアを支援すること」(4項)「各個教会は、ディアコニアの奉仕のために可能性に従って社会奉仕に関わるディアコーンを任命する」と記されているという。
ヴェーバー=ベルク氏は、各個教会のディアコニアの具体的課題は古典的な「同行と訪問」だとして、その具体例を説明するとともに、難民危機の目下の要請について、「亡命希望者のためには、私どもが広範囲に経済負担をしている法律相談と並行して、カトリック教会と協働してブレームガルテンの連邦難民センターに2名の所員を送って参加しています」と述べた。
「同様にカトリック教会や他の州教会と一緒に連邦受け入れセンターの魂の看取りの経済負担をしています。これらのプログラムはすでに長年にわたって継続しており、これまでも引き続き議論の余地はありません」と、同氏は付け加えた。
ヴェーバー=ベルク氏は、ヨーロッパに向けて難民の流れが増えていることで難民を収容する場所の需要が増大していると指摘。その一方で、「難民政策は政治の多様性全体を示すことになり、とりわけ右の政党により選挙戦の道具にされました」「『難民による無秩序状態』についていつも語られた」と語った。同氏によると、右派は人種差別的に、他人を侮蔑して意見表明をしたという。「表面下で、人間を侮蔑する考えの氷山が育ってしまった」と、ヴェーバー=ベルク氏は述べた。
「このことは州教会の私たちに、超教派の精神においてカトリック教会と、また左の傾向の政党、60の市民組織と一緒に抗議集会を組織させるきっかけとなりました」とヴェーバー=ベルク氏は話した。「『礼儀のための蜂起』がモットーで、人種差別やよそ者への敵意に抗し、人道的な難民政策を求めたのです」
そして最後にヴェーバー=ベルク氏は、「ディアコニアは行いを通じた福音の証しです。この行いは、言葉による福音の公の証しの信ぴょう性を支えます」と語った。そして、「両方の証しへの力は、御言葉を聴くことから、共に礼拝を祝うことから、祈ることから出てきます。文化や言葉の境界を越えて私たちはこの証しをご一緒に分かち持ちましょう」と呼び掛け、感謝の言葉で講演を終えた。
スイスの改革教会でのディアコニア
続いて、スイスプロテスタント連盟ディアコニア担当幹事でベルン州立大学実践神学助手のシモン・ホーフシュテッター氏が、「スイスの改革教会でのディアコニア」と題して講演した。
ホーフシュテッター氏は、今日の改革派教会のディアコニアの起源について検討し、ディアコニア・シスターと「里子制度」の二つの例によって、今日のディアコニアを特徴付けるその独自性を示した。
同氏はまた、今日のスイス改革派教会の「ディアコニアの風景」を描き出し、ディアコニアの最も重要な活動領域を示すとともに、ディアコニアが、社会において政治的、また市民社会の活動主体とどの程度、協働しているかを明らかにした。
そしてホーフシュテッター氏は、ディアコーンとボランティアという二つの人員グループを挙げ、同教会にとって特徴づけられた行動の神学的な根拠を検討した。
ディアコニアの現場として、1.健康と幸福(または高齢と介護)、2.生活と仕事、3.移住と社会的な統合、という三つの主要な領域を挙げた。
同氏はまた、スイスの社会福祉制度におけるディアコニアの役割について、1.パイオニア、2.補完的、3.代理者、という三つのタイプに区分した。
ホーフシュテッター氏はさらに、ディアコニアの教会とその職:職務と関係者について述べ、改革派教会には、改革派の良き伝統であるディアコーンという職があるが、その職務の具体的な内容に関しては、スイスの改革派教会は一致しておらず、模索している状態だと述べた。
そして同氏は、「ディアコニアの仕事が本質的に個々の教会の中で行われる私たちの改革派教会では、ボランティアの意味がとても重要になります」と語り、さまざまな地域のサークルと多くの社会的な活動が、主にボランティアの人々によって担われていて、この活動はとりわけ教会においても示されると述べた。
ホーフシュテッター氏はまた、ディアコニアの業の神学的基礎付けについて、スイスとドイツにおけるその輪郭を示した。「ディアコニアの目的は、全世界のための神の意志を現実のものにすることにあり、その神の意志は、慈愛と義の証しにおいて、愛によって示された人々がその本質となるのです。この慈愛と義という意味における神の意志は、根本的に、宗教や世界観の違いにかかわらず、すべての人々に実現できます」と、ホーフシュテッター氏は説明した。
「創造の神学の観点から、私たちは隣人愛、慈愛の業と義への参与はキリスト教に特化したものではなく、人間の一般的な現象であると述べることができます。つまり、キリスト教徒は他の人たちより優れた助け手であるとは言えないのです。援助を行う他の動機とディアコニアを区別するかどうかは、二の次なのです」と、ホーフシュテッター氏は述べ、「他の信仰を持つか、または宗教に距離も持っている、キリスト教の背景を持たない人たちが、一般的な人道主義的な動機から社会的に参与することは良いことなのです」と付け加えた。
その上でホーフシュテッター氏は、ドイツでは、ディアコニアにおいて、キリスト教の背景がある援助とそうでないものをどこで区別するのか、またどの程度、それを区別するか、さらに他の立場とどのように質的な境界を設けるのかという、いわゆる「固有性問題」が議論されていると述べた。
「この控えめな、宗教を超え、異なる人々と結ばれる立場によって、私たちはしばしばドイツの状況に混乱させられます」と同氏は語り、ドイツ西部の都市・デュッセルドルフにあるカイザーヴェルターの施設長が述べた「公的な施設は傷を治療し、私たちはそれを癒やす」という言葉を引用した。
その上で同氏は、今後、ディアコニアが重要な意味をなすであろう、国教会組織の将来的な展望について話した。そして、まとめとして、社会のためのディアコニアが行う成果の意義について述べた。
「スイスの改革派教会でも、(西ヨーロッパでの)個人化と世俗化という波から無傷ではいられず、教会員を失っています。連邦に広がる改革派教会では、30パーセントの人口が教会員である一方、都市の中心では時としてさらに少ない数になります。教会員の減少と、行政と教会の強い伝統的な結びつきが問題となっています」と、ホーフシュテッター氏は述べた。
「この強い結びつきの一つの要素は、スイスの多くの州にある教会税を払う法的な人材の施設です。つまり、教会税は(教会に役に立つために)教会に属する個々の人々だけではなく、望むか望まないかにかかわらず、企業によっても払われます」と、ホーフシュテッター氏は説明した。
ホーフシュテッター氏はこの教会税について、「いくつかの州で教会はこの企業からの税金も、好きなように使うことができます。他の州では使い道が決まっています。つまり、企業からの税金は、社会的、文化的な目的、本質的にはディアコニアのためにだけ用いられることが許されるということです」と付け加えた。
ホーフシュテッター氏によると、「住民投票では、この教会のための企業の税金を完全に廃止するかどうか、議論になりました」という。「興味深いことに、全国で同じような結果になりました。住民の大多数がこれを維持することに賛成したのです」
このことに関する世論調査では、これを維持する本質的な動機は、住民が教会の社会的な成果を高く評しているということが明らかになったという。そこでは、「組織としての教会は私には重要ではありません。しかし、社会の弱さのための教会の働きを評価します。そして、企業もまたこれに寄与することを望みます」と言われたという。
「私たちの教会において、組織が解体され、集中化が進む条件においてもまた、社会的な働きであるディアコニアは、教会とは縁のない人々と社会全体とを結び合わせる要素だとみなすことができるのです」と、ホーフシュテッター氏は結んだ。(続きはこちら>>)