近年、NGO(非政府組織)やNPO(非営利団体)、市民活動などで、「アドボカシー」と呼ばれる活動が重要視されるようになってきた。アドボカシーとは一体何なのか? 各分野の先進的なフロントランナーを招き、アドボカシーについて、その発想や理論、実践を学ぶ「あどぼの学校」が、京都市で始まった。全10回シリーズの講座で、9月27日に行われた初回の講座には約40人が参加した。
アドボカシーとは?
「アドボカシーことはじめ」と題された初回の講座では、初めに、運営委員として講座を企画した加藤良太さん(関西NGO協議会提言専門委員、日本基督教団同志社教会役員)が、アドボカシーとは何かを説明した。もともとは古代ローマの護民官や弁護士が行った「権利擁護」のための役割を指す言葉だったが、現在はより広い意味で捉えられており、加藤さんは「人々の生の声を政治や制度につなげる『つなぎ役』がアドボカシー」だと言い、3つの要素を挙げた。
- 市民やNGO・NPOが主体となり、地域から世界の課題解決や社会変革に向けての取り組みを促す。
- 政策提言やロビイング、キャンペーンなどを通じて、政策・法制度、政府・企業の活動や在り方、社会全体の仕組みの変革までを目指す。
- 社会的少数者の立場・視点・意見が反映されるよう、活動を通じて、その人たちの人権の擁護・回復・実現につなげる。
従来の政策提言、ロビイングとの違いは?
しかし現在でも、アドボカシーという考え方はまだ十分に理解されず、従来の圧力団体や利益団体(経団連や医師会、ロビイストなど)の活動と同じなのか、という疑問の声もあるという。
加藤氏はこの違いについて、従来からの政策提言やロビイングは、自分たちの団体だけの利益実現が最終目的となっているが、アドボカシーの場合は、公平で透明な政策プロセスを求めることで、より良い政策の実現を目指すものだと説明した。
従来のやり方は、ある団体が、政府や企業、利益団体、専門家など、「政策決定に関わるグループ」に陳情を行い、それまでの政策プロセスの運営やルールを受け入れつつ、自分たちの団体の利益実現を目指すというものだ。しかし、アドボカシーは、さまざまな団体や市民という多様な立場から、開かれた政策対話と公正・透明・参加型の新しい政策プロセスの運営やルールを提案することで、より良い政策の実現を目指す試みであり、それによって民主主義を深めることができるという。
NGO・NPOで活動する当事者の経験から
続いて、実際にNGO・NPOで長年活動してきた2人の講師が、具体的な事例を紹介した。
神田浩史さん(NPO法人泉京・垂井=せんと・たるい=副代表理事)は、開発コンサルタントとしてODA(政府開発援助)の農業開発事業に長年関わった後、NGOの調査研究、政策提言活動に参画してきた。
かつてはNGOが外務省に行くと門前払いだったという時代があったが、1992年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)をきっかけに、状況が変わってきたという。世界銀行の文書に「アドボカシー」や「NPO」という言葉が現れ、社会・環境・ジェンダーなど幅広い分野のNGOから具体的で説得力のある政策提言が出されるようになったという。
国際会議では、パブリックコメントや公聴会が重視され、却下した場合の決定プロセスも含め、提言の内容にどう対応したか全て文書となり、公開される。日本の外務省の官僚も国際会議に出席し認識を改め、こうしたプロセスが取り入れられていったという。
具体的な成功例としては、1992年にカンボジアへ対するODAについて、環境NGOや消費者団体が農薬の使用中止を求めるキャンペーンを行った。この時は、機械化されておらず農民が直接水田に入り農作業を行っていることや、田んぼの中の魚や昆虫が食用とされていることなど、現地の実際の様子を理由に上げた提言をしたことで、ODAによる農薬の使用中止という政策の変更が実現したという。
神田さんによると、官僚は数年で配属が変わってしまうため、継続的に活動するNGOが提案する政策は実際にも役立つもので、国際協力により日本の国益を得ようとする外務省の側からの理解も生まれてきたという。NGO側も、いかに政府を動かすか、能力やノウハウを蓄積していき、現在は年3回「NGO・外務省定期協議会」が行われ、会議の内容や資料、発言を逐語録で残す制度があることを紹介した。
一方で、現在進められている環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、こうした流れとは逆行し、完全に情報を閉鎖した交渉になっているという。また安倍政権発足以降、政府は閉鎖的になり、今年のODA大綱の中ではODAの軍事転用への道が開かれてしまったと、強い危惧の念も示した。
根底には民主主義、人任せでは駄目という認識
海外のNGO・NPOではスタッフとして多くの弁護士を抱え、年間予算250億円という規模の団体も存在する。こうした団体は、数百万人の会員を抱え、政府の助成金に頼らず会費や寄付で賄われているため、自分たちの主張を曲げる必要がないという。
神田さんは、「その根底には、民主主義や社会は人任せではならないという、社会の認識や醸成力が根底にあるが、まだ日本で根付いていない現状があるのではないか」と指摘した。日本で弁護士をフルタイムで雇うのは難しいが、大学の研究者や弁護士とネットワークをつくったり、協力して活動したりすることは可能だと語った。
また神田さんは、「実はもともと日本の社会にも、自治会・町内会で話し合って地域のことを決めるという民主主義の文化があった。しかし、それが今、失われてしまっているのではないか」とも述べ、民主主義を基盤からつなげ直し、人々の生の声を政治につなげる「つなぎ役」として、NGO・NPOが重要だと指摘。「継続的に活動することで社会を少しずつ変えていくことにつなげていけたら」と語った。
行政・企業との信頼づくりが活動を可能にしていく
杦本(すぎもと)育生さん(認定NPO法人環境市民代表)は、環境NPO団体は数が多いが分野を越えてのつながりが少なく、行政への働き掛けも足りなかったという反省から、さまざまな団体を巻き込み一緒に話し合う場を作ってきたという。認定NPO法人「環境市民」では、京都市で1991年からグリーンコンシューマー活動(買い物の際に環境に配慮した製品を選ぶ消費者運動)を始め、市内の全スーパー204店を調べ、「買い物ガイド」を発行した。消費者が環境からの目線で製品を分析することは初めての試みだったため、スーパーなど企業の担当者も参加するようになったという。行政や企業と信頼を築き、パイプをつくることで、具体的な活動を可能にしていくことが大切だと語った。
また、地方自治が進んでいる例として、「まちづくり基本条例」を制定し、徹底的な情報開示と住民参加を進めている北海道のニセコ町や、成人式後、新成人が10日間自治を学ぶ合宿が行われている宮崎県諸塚村(もろつかそん)の事例なども紹介した。
杦本さんは、日本国憲法には「国政は、国民の厳粛な信託による」とあり、そのために「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と書かれているが、私たちは果たしてそれを実際にやってきたのだろうか、と問い掛けた。そして、「高校生や大学生にアドボカシーを届けたい。日本の学校では、政治や制度は項目だけは学ぶが、それをどう具体的に政策や手法として政治に反映させるかということは学ばない。そのためにもアドボカシーがこれから大切ではないか」と話した。
最後に、「プロセスがぞんざいな政府の時に、ろくな結果が待っていたことがない。プロセスへの関わりを持つ中で、結果も変わる。アドボカシーをみんなで学ぶことで、社会をつなぐ回路をつくって民主主義の力を取り戻していきたい」と語った。
「あどぼの学校」では今後、9回にわたって、政策提言や社会企業、ソーシャルビジネス、メディアなどさまざまな観点から、アドボカシーを学んでいく。合宿プログラムも予定されており、1回だけの参加も可能。受講料は1回1000円(学生800円)。詳細は、「あどぼの学校」運営委員会(電話・FAX:0584・23・3010、メール:[email protected]、ホームページ)まで。