昨年、住民の声により取り壊しの危機から一転し、保存されることが決定された和歌山県新宮市の旧チャップマン邸が4日、所有者である沖浦惠子(やすこ)さんから新宮市に無償譲渡され、市が邸宅の土地を約1800万円で購入する契約が結ばれた。今後は、市のまちなか観光の中心として活用していく計画だ。読売新聞などが伝えた。
市は、住民有志らから老朽化で解体される可能性も出ていた旧チャップマン邸保存の陳情を受けて、沖浦さん側と交渉、土地については売買契約を結び、建物は寄付を受けることで今回の合意がなされた。読売新聞によると、契約書を交わした田岡実千年市長は「文化的価値の高い歴史的建造物。保存を願う多くの人の思いがつながった」と喜び、沖浦さんは「思い出深い建物だが、今後の活用法を市が明確に示してくれた。今はホッとしています」と話した。
旧チャップマン邸は、新宮市出身の建築家で文化学院(東京都墨田区)の創設者でもある西村伊作(1884~1963)が、米国人宣教師のE・N・チャップマンの家族のために設計し、1926年(大正15年)に建設したもの。この大正期のモダンなたたずまいの建物は、木造3階建て地下1階で、延べ床面積は約530平方メートル。敷地は約730平方メートルある。戦後、沖浦さんの父親が購入し、78年までは旅館として使われていた。近隣には、国の重要文化財に指定されている旧西村家住宅(西村記念館)もあり、こちらも西村が14年に建築した。
西村は1884年、新宮市に生まれ、敬虔なクリスチャンであった父親から旧約聖書に登場するイサクにちなんで「伊作」と名付けられた。1926年に東京に移り住むまで、新宮市およびその周辺で暮らしていた。小さい時から建築に興味を抱き続け、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964)同様に独学で建築を学び、21歳の時に初めてツーバイフォーの小さなバンガロー形式の自宅を新宮市に建てた。その後、本格的に純木造洋館として建てたのが現存する旧西村家住宅だ。
自らを「素人建築家」と呼んでいた西村だが、「建物の根本は人間の住家」であるとし、住宅については「心の安定と心の解放の場で、快適であること」を理想としていた。こういった発想は、主人とその客を重視した客間を中心とした封建的な旧来の住宅から、家族を重視した居間中心の住宅の成立に大きな役割を果たすことになった。なお、住宅の他にも、岡山県倉敷市にある日本基督教団倉敷教会や、同じく同市にある若竹の園保育園舎なども手掛けており、こちらの建造物も大正期のモダンな香りを醸し出している。