神奈川県藤沢市で、超教派の教会音楽合唱団が1977年から38年にわたって活動している。所属するのは、カトリックからプロテスタントまでの教派を超えたクリスチャン、そしてノンクリスチャンの約50人。その「藤沢福音コール」の第30回定期演奏会が4月25日、カトリック藤沢教会(同市)で開かれ、教会音楽を通じて語られる神の言葉に約350人の市民が耳を傾けた。
藤沢市では、1977年から毎年12月、本来のクリスマスの在り方を広く市民と分かち合うイベントとして、藤沢市民クリスマスが行われている。このイベントは、藤沢市キリスト教会連合会が市内の教会から有志を募って、合同聖歌隊を編成して始めた。この聖歌隊を始まりとするのが「藤沢福音コール」で、市民を問わず誰もが足を運べる定期演奏会を開いては教会合唱音楽を披露し、主イエスの恵みを隣人と分かち合い続けてきた。
記念すべき第30回の演目は、「イギリスのモテット集」「あしあと」「Missa in C 戴冠ミサ KV317」。モテットとは多声の宗教声楽曲のことで、この日は、1500年代から1900年代にかけて作曲された5曲が時代順に披露された。1曲1曲ごとに、常任指揮者の小久保大輔氏による丁寧な解説が加えられ、聴衆は、中世から近代までの英国の作曲家が遺したモテットの発展と変遷を頭と耳で感じ取った。
小久保氏の解説によると、西洋音楽の源は教会音楽にあるが、その教会音楽の起こりは、言葉が教会の会堂すみずみに伝わるように「ふし」を付けたことにある。ソプラノ、アルト、テノール、バスの4パートが、同じ歌詞を追いかけるように繰り返し歌うのは、信仰の土台である神の言葉を、人々が聞き逃すことのないようにするためだという。
時代が進むにつれ、各パートのずれ方はより密度が濃くなり、ラテン語だけでなく英語も歌詞の言語に使用されるようになった。音楽を通して語られる神の言葉が、人々の心をも響かせてきた歴史がそこにはある。西洋音楽は、ドイツなど欧州大陸を中心に発展したため、英国はその後を追う形となった。だが、主流から少し離れていたことが、英国特有の明るく親しみやすい音楽を生み出すことにつながったと、小久保氏は説明する。
続けて演奏された「あしあと」は、人生で一番つらく悲しいとき、主がその人を背負って歩いてくださったため、砂の上に残された足跡は一つ、それは主のものだった、と語るカナダ人のマーガレット・パワーズの有名な詩が原詩。この日の演奏会では、現代の日本人が作曲した日本語をテキストとした作品が披露された。そして最後の「Missa in C 戴冠ミサ KV317」は、古典派音楽の到達点といわれるモーツァルトの手によるミサ曲。聴き手は、宗教曲が持つ多様性を体感し、どの国、いつの時代にも「主たる神への賛美の心」があったのだという気付きを会場全体が共有した。
演奏会終了後、小久保氏に、伝統的な宗教曲を演奏することの魅力について聞くと、「舞台に立つ人も、それを聴く人も、等しくそのベクトルを天に向けるという点が、他の舞台芸術と似て非なるもの」と話してくれた。また、伝統的な曲については、「自分とは違う立場から生まれた曲であると認識することが大切。現代を生きる自分との違いの中に、共通する普遍性を見出すことができる。その時初めて、変わることのない、本当に大切なものが抽出されるのです」と深い思いを伝えてくれた。
藤沢福音コールの団員は、最年少が30代、最高齢は80代。発足当時から参加している団長の中村澄子さんは、定期演奏会が30回を迎えたことについて、「年を取ったな、と感じる」と笑い、それでも「歌える限り歌い続けたい」と教会音楽を通じて神の言葉を分かち合うことへの強い意気込みを語ってくれた。