これは、米マサチューセッツ州コンコードという町にある会社の話。1869年、この町で後に広く愛されることになるジュースのブランドが誕生する。「ウェルチ」と呼ばれるその飲み物のブランドは、未発酵のワイン・・・つまり、ブドウジュースとして誕生する。
ブドウは、太古の昔から食用や酒造用に利用されてきた。旧約聖書でも、ノアが洪水の後にブドウの栽培を始めたり、ワインの飲み過ぎで泥酔した場面、ダビデ王の怒りを静めるために、才色兼備の美女アビガイルから干しブドウなどが贈られ、2人の馴れ初めとなったなど、幾度も登場し大きな役割を果たすこともある。また、イエス・キリストが最初に起こした奇跡は、水を上等なワインに変えたことだと、ヨハネによる福音書2章には記述されている。
ブドウの果実には天然の酵母が付いており、さらに果汁中には酵母が利用可能なブドウ糖が含まれているため、果汁が外に出ることで自然にアルコール発酵が始まる。米にうるち米(食用)と酒米(酒造用)があるように、ブドウにも食用ブドウと酒造用ブドウがあり、食用はテーブルグレープ、酒造用はワイングレープと一般的に呼ばれている。
つまり、ブドウジュースというのは保存の効かない飲み物で、それまでジュースとして市場に流通することはなかったのだという。
このブドウジュースという「昔からありそうで、実は出回っていなかった」製品は、19世紀の後半に市場に登場した。当時の米国では禁酒法の運動が激化。それ以外にも、「アルコールは神からの贈り物である一方で、その乱用は悪魔の仕業によるもの」という考え方が一般的だった。そこで当時、ニュージャージー州で医師をしていたトーマス・ブラムウェル・ウェルチ博士(1825〜1903)は、教会で行われる聖餐式(最後の晩餐に倣ったキリスト教の儀式。伝統的にパンとワインを使って行われることが多い)で使用できる未発酵のワインはないかと考え始めた。
ウェルチ博士は自宅のブドウ園で取れる「コンコード種」のブドウを使って、ジュースを製作。ジュースを瓶詰めにし、そのまま煮沸消毒。牛乳の殺菌法を応用して、ワインの発酵を抑えることができるのではないかと考えた。もし発酵の阻止に失敗していれば、酵母の出すガスによって瓶は破裂する。しかし数週間置いても瓶は破裂せず、試飲してもジュースのままだった。
こうして作られた未発酵ワインをウェルチ博士が教会に提供。酒に対する風当たりの強い時代に、教会の伝統を守ることに貢献した。だがその時点ではまだ、ウェルチ博士は、自身の名が米国はもとより世界中に知られるブランドになることを知らなかった。
その後、1893年にシカゴで開催された世界博覧会や、禁酒運動時代の外交会議などで提供されたことから、徐々にブドウジュースとそれを作り出した「ウェルチ」の名は有名になっていった。またそれまでは、食べる以外にはワインにするしかなかったブドウだったが、ウェルチ博士のアイデアを応用することによって、ジャムやゼリーなど、さまざまなブドウからできた製品が生み出されていった。
現在では、ブドウ以外のフルーツの製品も扱い、「アメリカのフルーツバスケット」と呼ばれるようになった「ウェルチ」。今では「ウェルチ」のラベルが付いた400品目以上の製品が、米国内だけではなく、世界50カ国の小売店や飲料施設で販売されており、日本では「カルピス」が販売を担当している。