ゴスペルといえば、英語圏の影響が強い日本では、1990年代前半に女優のウーピー・ゴールドバーグが主演した米国の映画『天使にラブソングを』1・2が火付け役となって広まったアフリカ系米国人のゴスペル・クワイアによる合唱を思い浮かべる人々も多いだろう。あるいは、それは日本や韓国などのクリスチャン福音歌手やバンドによる音楽をも指すと思う人もいるかもしれない。
しかし、ここで紹介するゴスペルは、意外だと思われるかもしれない。なぜなら、それは“フラメンコ・ゴスペル”だからだ。
演奏するグループの名前は「アラバストロ(Alabastro)」。英語の聖書で、「alabaster jar」といえば、マルコによる福音書14章3節に出てくる、女が高価なナルドの香油をイエスの頭に注ぐために壊した石膏の壺のことであるが、「alabastro」とはその石膏のことであろう。このグループはスペインで1998年に結成された男女5人組で、フラメンコ・ゴスペルは、スペイン南部アンダルシア地方の音楽と踊りであるフラメンコをポップスと融合させた、比較的新しいゴスペルだ。信仰に根差したその情熱的な歌と演奏は、国境を超えてユーチューブなどを通じて公開され、インターネット視聴者の魂を揺さぶる。
彼らの代表曲の一つ「Todo tiene su tiempo(何事にも時がある)」は、その典型と言ってもよいだろう。この曲は、いうまでもなく、旧約聖書のコへレトの言葉(伝道者の書)3章1節からとったタイトルである。4年前に公開されたその動画の再生回数は、現在、21万回を超えている。
■「Todo tiene su tiempo」
百聞は一見に如かず。まずはその動画をごらんいただきたい(動画が時々途中で止まってしまうこともあるかもしれないが)。この曲が収められた、それと同じタイトルによる彼らの2006年のアルバム(Glory Music Group / Viento Recio Produccones)を、筆者は数年前に購入して、米国フロリダ州マイアミから取り寄せては、スペイン語が必ずしもわからなくても、繰り返し何度も聴いた。特に9曲目の最後の曲「ナザレのイエス」は、哀愁を帯びた歌とともに、鎖を引きずる効果音が、十字架を背負って歩くイエス・キリストの重い足取りを思わせる。
読者の方々の中には、「フラメンコ・ゴスペルなんて」と思われる人もいるかもしれない。音楽の好みは人によって千差万別であるが、ましてやこういう音楽は教会のミサや礼拝では考えられないという声もあるかもしれない。しかし一方で、スペイン語圏のクリスチャンたちを中心に彼らが広く知られるようになったのも事実である。
今日、世界のキリスト教音楽は、日本の教会で思われている以上に、実に多様である。言葉の壁のせいか、このグループがこれまで日本のキリスト教界でほとんど知られることがなかったのは、非常にもったいない――そう思うのは、筆者だけであろうか。