同船している人々
使徒の働き27章9節~26節
[1]序
今回は、使徒の働き27章9節から26節の部分を大きく二つに分けて味わいます。
9節から20節の部分は、クレテ島の良い港を出帆した船の乗客一同が「助かる最後の望みも今や絶たれようと」(20節)するまでの経過を、ルカは描いています。
後半21節から26節の箇所では、このように絶望的な状況の中で、パウロ自身が神の御使いを通し励まされ、約束の言葉に基づき同船している人々を励まして行く姿を描きます。
[2]先を見る
(1)9節と10節
「断食の季節もすでに過ぎていたため、もう航海は危険であったので」と、季節から判断し、過去の経験(参照・Ⅱコリント11章25節)に照らし、これから航海することが危険であるとパウロは悟り、「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます」(10節)とパウロは警告。
未だ経験していないこれからの事柄を、幾つかの手掛かりをもとにパウロが見通していた事実は、注目すべきです。歴史の統治者なる神を信じる者は、過去の歴史から学び、現状を見詰め、主なる神の御旨を求めつつ、それなりに先を見る歩みを進めます。歴史の主なる神への祈り、祈りに基づく計画性の大切な事実を教えられます。
(2)しかし一介の囚人に過ぎないパウロの警告は無視されてしまいます。ローマの権力を背景に、この船旅の責任を持っていた百人隊長は、パウロのことばよりも航海士や船長のほうを信用したのです(11節)。
これは、ある意味で当然と言えます。百人隊長ユリアスがいかにパウロに対して好意を持っていたとは言え、百人隊長から見れば、パウロは航海の素人です。航海士や船長と共に船旅について相談し決定する集まりで、パウロの警告よりも専門家の意見に従います。11節、「しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した」に見る首脳部のほかに、12節には船の「大多数の者の意見」をルカは伝えています。
「良い港」と呼ばれていた港が、「冬を過ごすのに適していなかったので」、そこを「出帆して、できれば何とかして、南西と北西とに面し」、冬を過ごすのに適している「クレテの港ピニクスまで行って、そこで冬を過ごしたいということになった」と言うのです。こうして、「穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した」(13節)のです。絶好のチャンスと判断して、機敏な行動を取ったに違いありません。
しかしその後の事態は、人々が期待したようには進まなかったのです。
14節以下では、その現場に居合わせる者のみが伝えうる臨場感をもって、嵐の中で木の葉のように揺れる船の様子を伝えています。14~17節で描かれている初期の段階では、それでも余裕のある状態でした。しかし18節以下ではそうではありません。全く絶望的な状態をルカは記しています。まさにパウロが警告していた通りの事態に陥ってしまったのです。
[3]パウロの確信
(1)パウロの励まし
しかしこの絶望的な状態の中で、「そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った」(21節)と、パウロの姿をルカは描いています。
「皆さん。あなたがたは私の忠告を聞き入れて、クレテを出帆しなかったら、こんな危害や損失をこうむらなくて済んだのです」と、自分の警告に耳をかそうとしなかった人々に語っています。
さらに、「しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです」(22節)と、望みがまさに絶たれようとしている人々をパウロは励ましています。
(2)励ましの根拠
このパウロの励ましには、確かな根拠があります。人々と同じく恐れの中にあったパウロに対して、神の御使いが「恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです」と、励まし約束を与えて下さったことに基きます。恐れの中にあったパウロ自身が大いなる励ましを受け、元気を回復したので、今、恐れの中にある人々を励ますことができます。「ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています」(25節)と、パウロは自分の確信を述べ、人々に語りかけています。
(3)神の御使いのことば
パウロが伝える神の御使いのことばを注目したいのです。
第一は、「あなたは必ずカイザルの前に立ちます」との確認です。主なる神は、二年前パウロがエルサレムにおいて、大きな困難に直面したとき、兵営に捕われているパウロに励ましを与え、使命を明らかにされました(23章11節)。
その後カイザリヤの牢獄に放置される二年間を経て、今船旅での危険を経験する中で、主なる神のパウロに対する使命は少しも変わらないのです。単にローマであかしするという一般的な使命のことばだけでなく、今や、「あなたは必ずカイザルの前に立ちます」と、より一層具体的に使命の内容をルカは示しています。二年間の年月は無駄ではなかったのです。主なる神は使命を与えるなら、たとえ年月がたち、危険や困難を通してでも、また私たちが期待するような方法でなくとも、必ずこれを成就するよう導かれます。
第二に24節後半、「神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです」との約束も、私たちの注意を引きます。
パウロは護送されている一囚人です。また10節に見たように、彼の警告も専門家を中心にした首脳会議では取り上げられませんでした。しかしパウロが使命を果たして行く過程で、同船している人々は、船が座礁してしまう中からも救い出されると約束されています。パウロの故に、パウロと同船している人々が祝福されています。祝福の波紋とも言うべき恵みです(参照・創世記12章1~3節)。
[4]結び
27章23、24節、「昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです』」を、恵みの波紋の約束として、受け取ります。
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宮村武夫(みやむら・たけお)
1939年東京生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部修了(組織神学)。現在、日本センド派遣会総主事。
主な著訳書に、編著『存在の喜び―もみの木の十年』真文舎、『申命記 新聖書講解シリーズ旧約4』、『コリント人への手紙 第一 新聖書注解 新約2』、『テサロニケ人への手紙 第一、二 新聖書注解 新約3』、『ガラテヤ人への手紙 新実用聖書注解』以上いのちのことば社、F・F・ブルース『ヘブル人への手紙』聖書図書刊行会、他。