パウロの任命
使徒の働き26章12節~23節
[1]序
今回は、パウロがアグリッパ王と総督フェストたちの前でなしているパウロの弁明、特にパウロの回心にかかわる記述を注意したいのです。
パウロの回心については、9章と22章においてすでに取り上げられていました。このように3回もパウロの回心に言及している事実は、使徒の働きの著者ルカがパウロの回心をいかに重視しているかを明示しています。9章、22章と26章に見る、パウロの回心にかかわる三つの記述は基本的には一致していると共に、それぞれの記述には特徴があります。たとえば、この26章の記述では、13節に見るように光の強烈さを強調しています。また「律法を重んじる敬虔な人」(22章12節)であるアナニヤについて言及しておらず、復活の主イエスご自身がパウロを福音宣教のために任命なさっている点を強調しています。
[2]パウロの任命
(1)どのようにして
①鋭い対比
回心以前のパウロの姿。自ら買って出て、祭司長たちの任命を受け、教会を迫害していたパウロ(12節、参照9章1節と2節)。
このパウロに対し、「とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ」(14節)と、ご自身の主権に対し空しい抵抗を続けるものと主イエスは指摘なさいます。
今、そのパウロを全く逆の立場、福音宣教のための「奉仕者、また証人に任命」なさるのです。これはパウロの申し出などによるものではなく、主イエスの主権に基づく任命なのです。
②両側面
9章や22章の記事では、ダマスコのアナニヤが重要な役割を果たしている様が描かれています(9章15節と16節、22章12~16節参照)。
この26章16~18節では、主イエスがパウロを直接任命なさるように記されています。こうして、アナニヤを通してパウロを選び、福音宣教の使命を委ね派遣なさるのは、主イエスご自身である事実をルカが強調していると受け止めることができます。
(2)使命の内容
①主イエスご自身の使命を
パウロが受けた使命の内容については、18節、「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである」に明示されています。これは苦難のしもべの預言(イザヤ42章7、16節参照)とかかわり、主イエスが果たし続けた使命と結びつきます。
教会の迫害者パウロが、今や主イエスご自身が始めなさった救いの御業を宣べ伝えて行くのです(23節)。福音に敵対する者であったパウロを、主イエスご自身が救いの御業を押し進める恵みの器として用いなさいます。
②約束を与えて
地に倒れているパウロに対して、起き上がり、自分の足で立つように主イエスは語りかけておられます(16節)。さらに、「わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす」(17節)と約束を与えておられます。
ユダヤ人と異邦人から受ける迫害の中でも、パウロを救い出されると約束を与え、主イエスはパウロを福音宣教者として任命さなっています。
[3]この日に至るまで
19~23節では、主イエスから受けた任命をどのように果たして来たか、また今現に果たしているかをパウロは明らかにしています。
(1)いかに任命に答えて来たか
①「こういうわけで」(19節)
15節後半から18節に見る、主イエスによる任命にパウロは応答して行き、福音宣教に任命してくださる恵みを決して無にしないのです(Ⅰコリント15章10節)。
まずダマスコにいる人々(9章19節以下)、そしてエルサレムにいる人々(9章28節と29節)、「またユダヤの全地方に、さらに異邦人にまで」、主イエスの任命に忠実に答えて、パウロは福音を宣べ伝えて来ました。
ところが、パウロが忠実に福音を宣べ伝えれば伝えるほど、そのことでユダヤ人たちの怒りを買い、以前の迫害者は、今や逆に、迫害される者となりました(21節)。
②この日に
度重なる迫害の中でも、任命に忠実に答えて進むパウロに対して、「この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす」(17節)と約束なさった主イエスご自身は、その約束のようにパウロを導いて来られたのです。
そして「こうして、私はこの日に至るまで神の助けを受け、堅く立って、小さい者にも大きい者にもあかしをしているのです」とあるように、現に今、この場で、パウロは任命に対して忠実に応答しているのです。
(2)何を宣べ伝えて来たのか
パウロが主イエスの任命に忠実に答え、今に至るまで宣べ伝えてきたものについて、パウロは明らかにしています。
①20節後半、「悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えて来たのです」。
創造者なる神に創造された本来あるべき人間の姿に立ち返る道です(参照・ルカ15章17節)。放浪息子が父の家に帰るとき、そこでこそ父の息子として生きることができます。
パウロは悔い改めを宣べ伝え、罪ゆるされた罪人が「悔い改めにふさわしい行いをするように」、神の恵みに答える道を宣べ伝えたのです。
②預言者たちやモーセ
このパウロの福音宣教の内容は、「預言者たちやモーセが、後に起こるはずだと語ったこと」(22節)であり、パウロは旧約聖書を正しく理解し伝えていると主張しています。
③その中心は
旧約聖書の預言に基づき、パウロが宣べ伝える悔い改めのメッセージの中心は、「キリストは苦しみを受けること、また、死者の中からの復活によって、この民と異邦人とに最初に光を宣べ伝える」(23節)ことです。
[4]結び
パウロの任命とその任命を忠実に果たした道を、使徒の働きを通して味わい続けることが許されてきました、感謝。
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宮村武夫(みやむら・たけお)
1939年東京生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部修了(組織神学)。現在、日本センド派遣会総主事。
主な著訳書に、編著『存在の喜び―もみの木の十年』真文舎、『申命記 新聖書講解シリーズ旧約4』、『コリント人への手紙 第一 新聖書注解 新約2』、『テサロニケ人への手紙 第一、二 新聖書注解 新約3』、『ガラテヤ人への手紙 新実用聖書注解』以上いのちのことば社、F・F・ブルース『ヘブル人への手紙』聖書図書刊行会、他。