手紙の役割
使徒の働き15章22節~35節
[1]序
エルサレム教会会議の決定は、直ちにアンテオケ教会、またアンテオケを中心とするシリヤやキリキヤ州の異邦人教会に伝達されます。
その際22節「そこで使徒たちと長老たち、また、全教会もともに、彼らの中から人を選んで、パウロやバルナバといっしょにアンテオケへ送ることを決議した。選ばれたのは兄弟たちの中の指導者たちで、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスであった」に明らかなように、二つの方法が取られます。
一つは、パウロとバルナバ、またエルサレム教会から選ばれたユダとシラスがアンテオケに行き、口頭で伝える方法です。
もう一つは公式な手紙です。新約聖書の中で手紙が大切な役割を果たしているのは、興味深い事実です。ローマ人への手紙をはじめとするパウロの手紙、ペテロ、ヤコブ、ユダ、ヨハネなどさまざまな人物による手紙が新約聖書に含まれています。
新約聖書の大きな部分がもともと手紙として書かれた事実は、目を引きます。初代教会の福音宣教において、手紙が大いに用いられました。当時の手紙は、誰かが受信人の所まで携えていかねばならず、ここではユダとシラスが公式な手紙を携えて行く使命を担いました。
[2]手紙の内容
手紙の中心は、19節と20節に見たヤコブの判断、エルサレム教会の決議です。以下の三つの点を含みます。
(1)あいさつ
「使徒および長老たちは、アンテオケ、シリヤ、キリキヤにいる異邦人の兄弟たちに、あいさつをいたします」(23節)との書き出しが印象的です。地域に根差し、同時に地域を越える教会の交わりを見ます。ユダヤ人と異邦人など、民族、文化、歴史の壁を越える交わりです。
「あいさつをいたします」と、当時の手紙の決まり文句により、主イエスの贖いによって現実となった恵みが明らかにされています(エペソ2章11~15節)。
(2)激しい対立と論争の原因指摘
24節「私たちの中のある者たちが、私たちからは何も指示を受けていないのに、いろいろなことを言ってあなたがたを動揺させ、あなたがたの心を乱したことを聞きました」では、アンテオケ教会に生じた激しい対立と論争の原因を指摘し、「私たちの中のある者たちが、私たちからは何も指示を受けていないのに」と問題の核心を指し示します。エルサレムから来たことは、エルサレム教会の公式な意志を伝達しているとはかぎらないのです。
「モーセの慣習に従って割礼を受け」ることが救いのため不可欠と主張した人々が混乱の種をまいたのでした。
(3)混乱解決の方法
また手紙には、「聖霊と私たちは、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました」(28節)と、教会会議で決議した、混乱解決の道も明らかにされます。手紙と、ユダとシラスの口頭での説明の両方がそれぞれ役割を果たしています。
[3]手紙の効果
ユダとシラスは、この手紙をアンテオケ教会に正式に手渡し、公の集会で手紙は朗読されたのです。そして、「それを読んだ人々は、その励ましによって喜んだ」(31節)とあります。この手紙により、「ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力」(ローマ1章16節)である福音に、何ものをも加える必要がないと確認されています。
手紙の内容を知った人々は励まされ、喜んだのです。またこの手紙により、エルサレム教会とアンテオケ教会の一致が明らかにされています。この二つのそれぞれ特徴のある教会の協力は、福音宣教のため重要でした。
[4]結び
聖書は、父なる神からの手紙です。アンテオケ教会の人々と同様、公の集会で手紙(神からの手紙・聖書)を朗読する幸い。黙示録1章3節「この預言のことばを朗読する者と、それを聞いて、そこに書かれていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである」
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宮村武夫(みやむら・たけお)
1939年東京生まれ。日本クリスチャン・カレッジ、ゴードン神学院、ハーバード大学(新約聖書学)、上智大学神学部修了(組織神学)。現在、日本センド派遣会総主事。
主な著訳書に、編著『存在の喜び―もみの木の十年』真文舎、『申命記 新聖書講解シリーズ旧約4』、『コリント人への手紙 第一 新聖書注解 新約2』、『テサロニケ人への手紙 第一、二 新聖書注解 新約3』、『ガラテヤ人への手紙 新実用聖書注解』以上いのちのことば社、F・F・ブルース『ヘブル人への手紙』聖書図書刊行会、他。