「山上の垂訓」は、聖書の中でも最もよく知られた訓話です。今から約2千年前、イエス・キリストがイスラエルにおいて群衆を前に語られた垂訓集です。「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから」。さらにこれが10節まで続き、8福の祝福の垂訓が続きます。そこで、「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから」(マタイ5:5)を取り上げてみます。
「柔和な人」と聞かれたら、私たちは一体どのような人を連想するでしょうか。柔和な人というと、いつもにこにこしている人、あるいは、腹立たしいことがあっても決して顔にその怒りを表さない人、寛容で怒らない人、そして温厚な人、そのような人が柔和であると理解することが多いと思います。しかし、聖書が語る「柔和」という言葉は、少し異なります。新訳聖書はギリシャ語で書かれていますが、ギリシャ語では「ホープラヨス」といいます。この「ホープラヨス」という言葉は、大きく分けて三つほどの意味があります。
1)負荷を背負える人です。負荷を背負えるから柔和であるということです。分かりやすく言うならば、人には背負える力量があります。自分の負荷はもうぎりぎりで切れてしまうところまでいきながらも、それをクリアできる人が柔和な人です。結論から言って、人の力では不可能です。人間は切れやすいし限界があるからです。
2)最高位の人格を持つ人です。柔和な人は弱さではなく人格、パーソナリティー面で最高位の立場にある人です。これも生まれながらの人は持ち合わせていません。一時のお付き合いで、人格や品格を感じる人に出会うこともありますが、長いお付き合いで初めて人の人格や弱さが分かることがあります。この柔和な人は、最高位の人格を持つ人です。
3)実(成果)をもたらす人です。一度しかない人生において、その人に与えられた実を結ぶこと、それを実現できる人は柔和な人という言葉が当たります。
「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐから」と、キリストは不思議なことを言われたと思いませんか。キリストは愛する弟子たちに向かい、幸いな人材教育をされました。どんな社会分野においても、結局のところ人と人との関係です。人間関係で、人はどんなパーソナリティーと品格を持ち合わせているかが表れてきます。そして、それが成果となり実となるのです。ここで注目したいことは、「その人は」というのは、「柔和な人」のことであり、「地を受け継ぐから」とつながるのです。では「地を受け継ぐから」とはどういう意味でしょうか。それは天の御国(パラダイス)を受け継ぐことができる人だということです。柔和な人は、この三つの要素を持つ人です。考えてみれば、生まれながらの人は、それらのものを持ち合わせていません。
話は変わりますが、ラマダンが始まると、全世界のイスラム教徒が30日間の断食に入ります。彼らは日の出前に朝食を取り、太陽が出てから夕日が沈むまで、一切飲んだり食べたりしません。日没後、彼らは食事を取ります。また熱心なイスラム教徒は、ラマダンが終了しても10日間延長の断食をするそうです。合わせて40日間にわたる断食を経過したならば、イスラム社会では最高の名誉と栄誉を受け、社会的評価を受けると聞いています。イスラム教教理の五本柱の一つに断食がありますが、食を断つことによって自分を清め、救いに導き入れられると信じているのがイスラム教徒です。
しかし聖書は、「柔和な者は幸いです」と教えています。ここで「何々という行為をしなさい」とは教えていません。また「お布施をしなさい」「修行が足りませんよ」とも教えていません。「柔和な者は幸いです」とだけ教えているのです。しかしながら、この「柔和な者」になることは、この定義から言えば、まず不可能に近いのではないでしょうか。それでは、なぜ不可能に近いことを、キリストは弟子たちに教えられたのでしょうか。そればかりか、「山上の垂訓」の教えは現在も全世界で多くの人々に愛読され、そして知られているのです。実に不思議ですね。私はキリストが教えられたこの「柔和な人」とは、一体どのような人かについて、これから3回にわたり、もう少し掘り下げてみたいと思います。
■ キリストの人材教育: (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)
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黒田禎一郎(くろだ・ていいちろう)
1946年、台湾・台北市生まれ。70年、ドイツ・デュッセルドルフ医科大学病院留学。トリア大学精神衛生学部、ヴィーダネスト聖書学校卒業。75年、旧ソ連・東欧宣教開始。76年、ドイツ・デュッセルドルフ日本語キリスト教会初代牧師就任。81年、帰国「ミッション・宣教の声」設立。84年、グレイス外語学院設立。87年、堺インターナショナル・バイブル・チャーチ設立、ミニスター。90年、JEEQ(株式会社日欧交流研究所)所長。聖書を基盤に、欧州情報・世界 情報、企業講演等。98年、インターナショナル・バイブル・チャーチ(大阪北浜)設立、活動開始。01年、韓日ワールドカップ宣教GOOL2002親善大使として活躍。著書に『世界の日時計』(Ⅰ~Ⅲ)、『無から有を生み出す神』『新しい人生』『愛される弟子』『神のマスタープランの行くへ』『ヒズブレッシング』、韓国語版『聖書と21世紀の秘密』、中国語版『神の聖書的ご計画』他訳書あり。