「ラマザンを殺すなら私から殺して!」母親の悲痛な叫び声が響き渡った。父親の手にはライフルが握られ、その銃口は実の息子であるラマザン・ラフィーに向けられていた。引き金に掛かった指は震えている。厳格なイスラム法(シャリア)を信奉するムラー(イスラム法学者)の父にとって、イスラムに疑問を持つ息子は、一族の恥であり、生かしておくわけにはいかない存在だった。
ラマザンは、アフガニスタンの少数民族ハザラ人の家庭に生まれた。シーア派に属するハザラ人は、スンニ派のタリバンや当局から激しい迫害を受けており、人口の約60%が殺害されたとも言われている。「同じムスリムであるはずの彼らが、なぜ同胞を殺すのか?」ラマザンの中に芽生えた人間の苦しみと神に対する疑問は、日に日に大きくなっていた。
母の命懸けの介入によって一命を取り留めたラマザンは、故郷の村を追われ、首都カブールへと逃れた。当時、カブールには米軍が駐留しており、表向きにはある程度の自由があった。彼はそこで真理を求めて世界の宗教について調べ始めたが、奇妙なことに気付いた。書店にはアドルフ・ヒトラーの『わが闘争』が堂々と置かれているのに、「聖書」だけはどこを探しても見つからなかったのだ。「聖書はそれほどまでに悪い本なのか? それとも、誰かが真実を覆い隠しているのか?」
その「禁じられた書物」への渇きが、彼を突き動かした。やがて彼は、一人の外国人キリスト者と出会い、ついに聖書を手にする。ページを開いた瞬間、彼は自分が求めていた真理がそこにあることを悟った。2009年、ラマザンはイエス・キリストを救い主として受け入れた。「心に火がついたようでした」。彼はすぐに家族や友人に福音を伝え始め、1年以内に12人の個人と2つの家族が救われ、小さな家の教会のネットワークが形成されていった。
しかし2014年、友人の教会リーダーとその家族全員がタリバンによって殺害されるという事件が起きる。恐怖の衝撃が地下教会を襲った。「確かに恐怖はあります」とラマザンは語る。「しかし、喉が渇いているときには、何がなんでも水を求めずにはいられないものです。危険であることは知っています。でも、魂の渇きを潤すことができるお方は、イエス以外にいません。イエスには、代償を払っても求めるだけの価値があるのです」
米軍駐留下の「平和」が見せかけに過ぎなかったことを、彼らは肌身で感じていた。そして2021年、その脆(もろ)い均衡が崩れ去る時が来た。米軍の撤退とともに、タリバンの黒い旗がカブールの空に翻ったのである。(続く)
■ アフガニスタンの宗教人口
イスラム 99・85%
キリスト教徒 0・05%
ヒンズー 0・01%
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