難病治療のため聖路加(せいるか)国際病院(東京都中央区)に通院していた女性が、病院でチャプレンをしていた男性牧師から性被害を受けた事件を巡り、牧師が所属していた日本基督教団はこのほど、女性が昨年8月に送っていた要望書に対する回答書を送付した。
女性は要望書で、1)牧師の戒規適用に関する記者会見の開催、2)事件に絡む2次加害への対応、3)教団役員との協議・意見交換――の3点を要望。特に2つ目の2次加害への対応では、1)2次加害を想定した戒規への改正、2)2次加害の実態調査、3)実態調査を踏まえた現行戒規による2次加害者に対する戒規適用――の3点を求めていた。また、教団が2022年12月にホームページで公表していた事件に関する文書についても、2次加害の特性を踏まえ再検討するよう求めていた(関連記事:聖路加チャプレン事件の被害女性、日本基督教団と日本スピリチュアルケア学会に要望書)。
2次加害「大きな問題」の認識も「実態調査行う権限ない」
女性はこの要望書を昨年8月14日付で送っていたが、教団はそれから半年以上経過した3月27日付で、雲然(くもしかり)俊美総会議長の名義で回答書を送付。冒頭、回答が遅れたことをお詫びするとともに、教団所属の牧師が性加害事件を起こしたことについて、「深刻な事態であったと受け止めています」とした。また、女性から教団に被害についての申し立てがありながら適切に対応することができなかったとし、「教団として大きな課題があったと認識しております」として女性に謝罪。「二度とこのような事態を繰り返さないために、今回の件の対応のどこに問題があったのか、検証に取り組むことを教団役員会で確認しております」とした。
一方、女性が要望書で求めていた記者会見の開催については、教団の戒規は他団体における罰則規定と性格が異なるなどと説明。これまでも戒規の適用については決定のみを公告し、申立人に決定の過程を伝えることもしていないとし、「会見を開くといった性格の事柄ではないと判断」しているとした。加害者の牧師については既に昨年10月、免職の戒規が適用され、教団の機関紙「教団新報」で発表されている(関連記事:日本基督教団、元聖路加チャプレンの牧師を免職 病院内で性加害)。
事件に絡む2次加害については、「大きな問題があったと受け止めています」としつつも、女性が求めていた2次加害を想定した戒規への改正については、さまざまな課題を検討した上で行う必要があるとし、「直ちに改正改訂を行うことは難しい」と回答。2次加害の実態調査については、「権限を教団が持っていない実情にある」とし、研修などを通じて2次加害が起こらない土壌形成に努める考えのみを示した。
現行戒規による2次加害者に対する戒規適用については、戒規適用の判断は教師委員会の権限によるものだとし、教団役員会が方向性を定めることはできないと回答。ホームページに掲載した文書については、これまでの対応を検証し、必要があれば再検討するとした。その上で、教団役員との協議・意見交換については、「前向きに検討させていただきたい」とし、定期的な協議・意見交換を行う考えを示した。
被害者の女性「自分事として想像してほしい」
回答書を受け取った女性は本紙に対し、「事件から7年弱も経過し、教団がホームページに事件に関する文書を掲載してからも1年以上が経過しています」と述べ、教団の対応の遅さを指摘。これまで教団執行部と面談するなどし、2次加害に関して事実関係の調査などを求めてきたが、要望は拒み続けられ、2次加害についても訴訟による解決を余儀なくされたと話した。
また、教団の戒規については、「教師委員会の調査プロセスに被害者は参加も許されず、加害者の弁明のみが聴取されます。守られているのは牧師であり、被害者への救済の回路はありません」と述べ、その問題を訴えた。
教団は回答書で、事件の対応を巡り検証に取り組むとしているが、「内部の人の弁解を聞いて回る『検証』は不要です」と女性は言う。「各自が免責されながら、否認や隠蔽に基づきアナザーストーリーを作ることは、被害者への2次加害にさえなります」。女性はそう言い、第3者委員会による調査と、その結果に基づいた倫理・罰則規定や被害者救済システムを考えていくことが必要だとし、「性暴力被害者は1人でも2人でも多過ぎるのです」と訴えた。
女性はまた、「もし自分の家族が同じように性加害を受け、うそつき扱いをされ、四面楚歌にされ、孤立無援にさせられたらどうでしょうか。自分事として想像してほしいです」と述べ、「被害者ヘの非難は、被害者が命を落とすことさえあり得る問題であることを考えてほしいです」と話した。
「共に歩む会」代表「教団は被害者救済を自ら放棄している」
女性を支援する「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」の山口幸夫代表(元日本社会事業大学特任准教授)は、回答書を受け、以下のコメントを寄せた。
「日本基督教団は2次加害について、教団には調査権限がなく、できないと回答しています。そもそも1次加害についても、教会や教区などに公正な事実認定をしたり、調査したりする権限はありません。これでは、性加害やハラスメントの被害者に被害を申告することを委縮させ、加害牧師をかばい合う教団の古い体質そのものをさらけ出しているようなものです。日本最大のプロテスタント教団として、被害者に寄り添うべき教団が臭いものに蓋をして、性暴力被害者や2次被害者への救済を自ら放棄している回答は大変残念です」
「共に歩む会」の牧師「被害者には行き場のない怒りや絶望ある」
「共に歩む会」のメンバーである村上幹夫牧師(東洋ローア・キリスト伝道教会前橋伝道所)は、本紙に対し次のように述べた。
「要望書を出してから半年が過ぎての回答でした。回答書は、時間がかかった上に内容があまりにもお粗末です。この7年間に、被害者に対する配慮や対応はしてきたのでしょうか。何が、どこが問題だったのか書かれていません。『二度とこのような事態を繰り返さない』と言っても、既に被害を受けた被害者に対する救済措置は取ろうとしないのでしょうか。2次加害が起こらないように研修会を開くのは当然であるとして、被害者の原状回復に努めるべきではないでしょうか」
また、加害者の牧師を「支えて守る会」がかなり早い時期にできていたとし、「被害者である女性が加害者であるかのように吹聴され、それを信じてしまった関係者が多かったことはとてもショックです」とコメント。同会が発表した声明を巡っては、2次加害に当たるとし、声明に関わった牧師3人と、声明を掲載したキリスト教系新聞2紙を女性が提訴しているが、村上牧師は声明について、「被害者に対するリンチであり、2次・3次加害としか言いようがないです」と話した(関連記事:聖路加チャプレン事件の被害女性、2次加害の声明巡り牧師3人とキリスト教系新聞2紙の発行元を提訴)。
さらに、聴覚障がい者としての自身の経験も踏まえ、「障がい者が被害者の場合、周囲の人は加害者である健常者の言い分をうのみにし、被害者である障がい者に対する聞き取りも、調査もしないことを、私自身何度も経験しています。そういうヒエラルキーに、聖であるはずの教会や牧師、キリスト教界が毒されていることには本当にがっかりしています」と話した。
その上で、「今回の回答で被害者が癒やされるとでも思っているのでしょうか。余計に事態を悪化させているだけではないでしょうか。性暴力は心の殺人と言いますが、このような心のダメージは一生まとわりつくことも考えられなかったのでしょうか。被害者はいまだに行き場のない怒りや絶望を背負っています。本当の意味での解決を望みます」と話した。
女性によると、これまでは代理人弁護士が窓口となっていたが、今後は「共に歩む会」が窓口となる形で教団と協議を行っていく予定。また、事件の対応を巡る検証についても、ただ結果を報告するのではなく、そのプロセスから、女性や「共に歩む会」の関係者らが関われるよう求めているという。