聖路加(せいるか)国際病院でチャプレンをしていた男性牧師から病院内で性被害を受けた元患者の女性が9月21日、加害者の牧師を支持する声明などで名誉を毀損されたとして、声明に関わった他の牧師3人と、声明を掲載したキリスト教系新聞2紙を相手取る訴訟を東京地裁に起こした。これを受け、衆議院第一議員会館ではこの日、訴訟に関する記者会見を兼ねた院内集会が開かれた。
集会には、被害者の女性本人のほか、この訴訟で女性の代理人を務める神原元(かんばら・はじめ)弁護士、「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」の山口幸夫代表らが出席。訴訟の概要や声明の2次加害性などを説明するとともに、性暴力事件における2次加害、3次加害の防止を訴えた。カトリック、プロテスタントのキリスト教関係者や報道関係者、女性団体関係者ら、対面で約20人、オンラインで約20人の計約40人が参加した。衆参の国会議員や国会議員の秘書、東京都内の市議会議員も駆け付け、連帯のメッセージを伝えた。
事件の概要
当時難病治療のため聖路加国際病院に通院していた女性は2017年5月、病院内で2度にわたり、病院のチャプレンであった柴田実牧師(日本基督教団無任所教師)から性被害を受けた。18年9月に柴田氏が書類送検されたことが報道されると、柴田氏が当時副牧師を務めていた単立・横浜聖霊キリスト教会の深谷美枝牧師と「A牧師(柴田氏)を支えて守る会」が、柴田氏の無実を訴え、当時の報道に抗議する声明を発表。キリスト新聞とクリスチャン新聞は、声明全文を引用した記事を掲載した。
柴田氏はその後、不起訴となるが、女性は20年11月、柴田氏と聖路加国際病院を運営する学校法人聖路加国際大学を提訴。東京地裁は昨年12月、柴田氏の性加害を認定し、計110万円の損害賠償を命じる判決を出した。判決を受け、深谷氏はキリスト新聞の取材に対し、声明の撤回を表明するとともに、女性を傷付けたとして謝罪。キリスト新聞は、声明を含む記事を削除した。
女性は今回、深谷氏、キリスト新聞を発行する株式会社キリスト新聞、クリスチャン新聞を発行する宗教法人いのちのことば宣教団体に加え、声明をSNS上で拡散し、「支えて守る会」への支持を呼びかけるなど、声明に深く関わっていたとして、齋藤篤牧師(日本基督教団仙台宮城野教会)、小泉麻子牧師(同教団大和教会)を含めた5者を相手取って提訴。慰謝料など計330万円の損害賠償と謝罪広告などを求めている。
なお、クリスチャン新聞は、提訴時まで声明を含む記事を掲載していたが、10月2日現在、記事はウェブサイト上から削除されている。女性は訴訟で、クリスチャン新聞に対しては記事の削除も求めていた。
「無罪の推定だから何を言ってもよい」は通用しない
集会では初め、代理人弁護士の神原氏が訴訟の概要について説明した。今回の訴訟では、声明の内容のうち、次の2つの文言が女性に対する名誉毀損に当たると訴えている。
この事件は、真面目に患者に寄り添ってきたチャプレンが無実の罪を着せられたものであり、チャプレンは一貫して無実を主張し、示談ではなく、司法による判断を求めております。私たちも、そして弁護士もチャプレンの無実を確信しており、速やかな司法的判断を待ち臨む所存です。
医療や福祉の現場において、援助者は患者や利用者からの一方的な要求や愛憎等の強い感情をぶつけられても、防ぎようのない立場にあります。医療現場のチャプレンもまた、医者のような権力を持たないまま、無防備に患者の前に立たざるを得ません。この事件は欧米の「聖職者による性的虐待」と同じ土俵で語られるべきものではなく、日本社会のこのような文脈にある出来事です。
訴状は、この2つの文言により、「女性が、柴田氏に対して一方的な要求や愛憎等の強い感情をぶつけたものであり、柴田氏に無実の罪を着せた」との事実を摘示していると主張。その上でこれは、女性がわがままで愛憎等の感情の起伏が激しく、虚偽の訴えをして柴田氏に無実の罪を着せるうそつきであるとの印象を与えるものだとし、女性に対する名誉毀損に当たるとしている。
神原氏は、無罪の推定を原則とする刑事事件で加害者弁護に立った経験も踏まえつつ、「『無罪の推定があるから、判決が出るまで静かに見守ろう』『自分は親族や知人だから無実を信じる』というところまでは許されるが、この声明はそこから一歩越えてしまっている」と指摘。近年の性加害に対する意識の変化にも触れつつ、「無罪の推定だから何を言ってもよいというのは通用しない」「性暴力そのものがダメだが、2次加害、3次加害も防止していかなければいけない」と話した。
被害女性「声を上げると加害者扱いに」
最初に被害を告発してから6年近くになる女性は、キリスト教界や医療の現場で人権が守られていない現実があり、特にキリスト教界には被害者が声を上げにくい状況があると訴えた。また、「支えて守る会」の活動は非常に集団的で、キリスト教以外の宗教関係者や、日本スピリチュアルケア学会の関係者も関わっていたとして、女性にとっては大きな2次被害になっていたことを語った。
「被害者が声を上げるのと同時に、まるで加害者のような扱いをされてしまうと、被害の告発どころか、被害者非難の方が先行してしまって、さらなる被害を負ってしまいます」
病院の看護師や相談機関に被害を伝えても、「そんなことが起こるはずがない」と信じてもらえなかった経験や、訴訟で性被害が認定されても、「(加害者の)牧師を信じていただけで、自分はだまされた」と言い逃れをする2次加害者もいることを分かち合った。その上で、2次加害、3次加害を出さないために、全てを専門家に任せるのではなく、関係する一人一人が性暴力について学び、認識を高め、組織的な変革をしていく必要があると強調。多くの人が、性被害などによるトラウマについての知識や対応を身に着け、普段からトラウマを意識して支援に当たる「トラウマインフォームドケア」の重要性を話した。
また、日本聖公会京都教区が昨年、教区の元牧師が少女に性的虐待を行っていた「京都事件」における教区の2次加害について検証した報告書を公表したことを紹介。2001年の事件発覚から既に20年以上たっていることは問題としつつも、教区がもたらした2次加害に向き合っていることについては、一定の評価をした。
事件の根底に「牧師や医療従事者は性加害しない」の思い込み
社会福祉の分野で長い歴史のある日本社会事業大学で特任准教授を務めていた山口氏は、事件の根底には、牧師や医療関係者は性加害をしないという勝手な思い込みがあり、さらに、そうした前提で制度設計されていたことに問題があると指摘。事件は「制度的な暴力」だと語った。
また、明治学院大学の教授(社会福祉学科)でもある深谷氏は、認定社会福祉士スーパーバイザーの有資格者であったこと、小泉氏は、日本の女性擁護団体の草分け的存在である日本キリスト教婦人矯風会の元業務執行理事であること、柴田氏は、指導スピリチュアルケア師の有資格者であったことに言及。いずれもその分野のスペシャリストで、本来であれば被害者である女性に最も寄り添うべき立場にあったとし、問題の深刻さを語った。
撤回、謝罪した声明も名誉毀損になるのか
3人が話した後には、質疑応答の時間が持たれ、撤回、謝罪した声明でも名誉毀損に当たるのかを尋ねる質問などが出た。
これに対し神原氏は、「撤回、謝罪をしたからといって、それで不法行為(名誉毀損)がなくなるわけではない」と説明。また、名誉毀損に当たる内容を何の留保も付けずに引用すれば、引用者も名誉毀損に問われると語った。特に今回の場合、クリスチャン新聞とキリスト新聞はいずれも声明全文を引用しており、「『支えて守る会』の単純な広報のようになっている」と述べ、問題があるとの見方を示した。なお、女性によると、深谷氏は新聞紙面上では謝罪をしているものの、女性本人には謝罪をしていないという。
集会には当初、日本基督教団沖縄教区の教区幹事も出席予定だったが、この日は諸事情で出席を見合わせた。一方、女性の支援者らによると、沖縄教区は「支えて守る会」に関わっていた教区の男性牧師1人について、独立した調査委員会を立ち上げ調査を行っていく方針。集会後に開かれた教区常置委員会では、既に確認できた事実関係に基づき、一部の役職を解任する決議を行ったという。
「聖路加国際病院チャプレンによる性暴力サバイバーと共に歩む会」は、女性の訴訟支援のほか、性暴力被害者支援の充実と2次加害を許さないための活動も行っており、X(旧ツイッター)やフェイスブックで情報発信をしている。