写真家の石田美菜子さんによる写真展「祈りのかたち―潜伏キリシタンの末裔(まつえい)を訪ねて」が、20日から東京・六本木のストライプハウスギャラリーで始まった。
自身もカトリック信徒で、2019年のローマ教皇フランシスコ訪日時には、公式カメラマンを務めた石田さん。海外のカトリック教会で出会った女子学生たちの素朴な祈りや、知人の神父の言葉がきっかけとなり、日本のカトリック信徒たちが日常生活の中でどのように祈り、神に思いを寄せているのかに興味を持つようになったという。
そうして昨年から手探りで始めたのが、「祈り」をテーマにした取材旅。その中で最初に出会ったのが、長崎の潜伏キリシタンの子孫たちだった。今回は、2018年に長崎を訪れて撮影した写真も含め、計45点を展示。「香台」と呼ばれる家庭用祭壇や、祈りの際に使用する用具「ロザリオ」のほか、世界文化遺産の旧五輪教会堂や江上天主堂、山全体がイエス・キリストの十字架の道行きとなっているサンタマリアの園岩瀬道など、さまざまな角度から長崎に息づく祈りのかたちを見ることができる。
中でも目を引くのが、優しく広げられた両手の上に載せられた木製のロザリオ。教皇フランシスコの訪日時に記念の贈り物として作られたのと同じロザリオで、手の主は五島列島の奈留島在住の大工・葛島(くずしま)義信さん(66)。葛島さんは、ロザリオの十字架部分を地元の椿の木を加工して作った。玉の部分も同じく椿の木を用い、複数の信徒が力を合わせて作成。玉の数は26個で、これは16世紀に豊臣秀吉の命令で処刑され殉教した日本二十六聖人をオマージュしているという。
葛島という姓は、奈留島に隣接する葛島(かずらしま)に由来する。弾圧に苦しむキリシタンたちがいち早く逃れ住んだ島の一つで、葛島さん含め島民全員が信徒だったが、1973年に奈留島へ集団移住した。
写真展では、写真1枚1枚にこうした詳しい説明も添えられている。石田さんはこれまでに幾つも写真展を開催してきたが、これだけ詳しく説明を添えるのは今回が初めてだという。扱っている写真が、400年以上前のキリシタン弾圧にまでさかのぼる歴史と関わりがあり、キリスト教が初めてという人にも分かりやすく伝えたいためだ。
また、説明の中でその地で出会った信徒たちの日常を伝えることで、生活に根付いた祈りのかたちがより深く見えてくる。
浦上教会(浦上天主堂)から徒歩30秒の所に住む深掘繁美さん(92)は、14歳で被爆した。浦上教会は爆心地から北東に約500メートルの地点にあり、レンガ造りだったものの、わずかな塔壁を残して倒壊。推計で50トンあったとされる鐘楼も、南北に2つあったものがいずれも爆風で吹き飛ばされるほどだった。深掘さんは当時、働きに出ていて自宅にいなかったため、家族で唯一助かったという。
今は、毎朝教会の鐘の合図でミサに出ることから始まる日々を送っている。毎朝毎晩祈りをささげるだけでなく、一日の多くを「とても大事な場所」だという自宅の香台前で過ごす。立派な香台の前に置かれた大きな木製の椅子と座布団、また香台に両手を置いて黙するように祈るその姿は、先祖代々の信仰を継承する一人の老信徒の祈りのかたちを教えてくれる。
自宅に比較的大きな香台が備えられているのは、長崎のカトリック信徒宅に特有だという。香台の使い方には一定の決まりがあるが、「思いがつまった祈りのかたちをそのまま撮りたかった」と石田さん。取材旅を後押ししてくれた知り合いの神父の言葉も、「信徒たちの中に入っていって、自然な祈りの姿を撮ったらどうか」というもので、決まりにこだわらず、ありのままの姿を写した。
長崎の取材旅では、出会った一人一人に何を祈っているのか尋ねた。すると、ほとんどの人が、願い事を求める祈りではなく、「朝、元気で目覚められて感謝します」「今日一日、幸せに過ごせたことを感謝します」と、当たり前と思える日常を感謝する祈りをささげていたという。「祈りに対する初心に返らされた思いです。感謝が原点だと改めて思い起こさせてもらいました」と石田さんは話す。
長崎には昨年2回訪れたが、「本当に導かれているとしか感じられませんでした」と石田さん。「祈り」をテーマにした取材旅はまだ始まったばかりで、今回の写真展をきっかけに新たな出会いが与えられ、今後の旅程につながればとも話している。
会期は、3月20日(月)から29日(水)までの9日間(日曜日の26日は休み)。時間は午前11時から午後6時半まで(最終日は午後5時半まで)。詳しくは、フェイスブックのイベントページを。