世界各地でワクチン接種開始のニュースが伝えられる一方、国内では連日のように感染者数、重症者数が過去最多を更新。さらに海外由来の変異種が国内でも発見され、すべての外国人の新規入国を一時停止する措置まで取られている新型コロナウイルス。感染症としての脅威に加え、経済への打撃も深刻で、それに伴う自殺者の増加が懸念されている。
警察庁の集計(暫定値、2020年12月16日集計)によると、2020年の自殺者は、1~6月は前年同月比マイナスで推移していたものの、7月以降は5カ月連続で増加。1~11月の累計自殺者数は1万9225人で前年同期より550人も増えている。国内の年間自殺者は2010年から10年連続で減少していたが、2020年は増加に転じる可能性がある。
自殺の原因は多くの場合、さまざまな要因が複雑に絡み合っているとされている。そのため、日本自殺予防学会はこれまでのところ、「新型コロナウイルスの自殺への影響について十分なエビデンスはまだありません」としている。しかし、経済悪化による失業や人との接触制限による人間関係の希薄化は、自殺のリスクを高める要因になり得る。
コロナで何を喪失したか
コロナと自殺者増加の関係について、日本アライアンス教団千葉キリスト教会牧師で精神科医の山中正雄氏は、「その人が以前はどのような生活をしていて、コロナによってそれがどう変わったのか、個々の背景を詳しく見てみる必要があります。自殺にまで至るのは、コロナによって何を喪失したのかが大きく影響しているはずです」と話す。
山中氏は1週間のうち5日は牧師として、2日は外来担当の精神科医として働いている。山中氏が勤務しているのは単科の精神科病院で、比較的程度の重い患者が来ることが多いが、山中氏が診ている患者の多くはコロナの影響をそれほど受けていないという。もともと引きこもりの状態にあるなど、コロナによって生活環境が変化したというケースが少ないからだ。普段は頑張り過ぎて調子を崩してしまうという躁うつ傾向のある人の中には、コロナにより行動が制限され、逆に良かったと話す人もいたという。また、コロナにより電話診療が可能になったため、治療を受けやすくなったという患者もいる。
「失うものもあれば、得るものもあり、コロナの影響もその総和で決まります。普段から非常に元気の良い人、あるいは比較的重い精神病患者のような人は、コロナによって失ったものが少なく、影響も小さく抑えられているのではないでしょうか。一方、そうではない中間層に位置する人々の中には、大きな影響を受けている人がいるのではないでしょうか」
コロナ時代の絆の再形成
山中氏は、「今までの自殺問題の解決は一言で言えば絆でした。人と人との絆を作ることで、自殺を防止しようというものでした」と話す。しかしコロナによって、これまでの絆の在り方は大きな変化を強いられた。感染防止のため、人と距離を取ることが推奨され、絆を深めようと距離を縮めれば、逆に怖がられるような状況がある。「今は孤立が善と考えられているような感じで、まるで価値観が逆転したようです」。電話やオンラインでの相談も可能だが、対面に比べ情緒的な側面の伝達は難しく限界があるという。「コロナ時代の絆の作り方、本当の意味での信頼関係、援助の作り方を考えないといけません」と山中氏は言う。
一方、行政レベルにおいては「コロナ時代の絆の再形成」を基盤とし、財政的な支援を行いつつも、実際の支援の在り方は、各地のニーズに合わせて個々に決めていく必要があると語る。「個々のニーズを見ていかないと、有効な支援は難しいです。現場の皆さんが声を出し、各地域でそれぞれに適した支援方法を決めていくのがよいと思います」
自殺を考えている人へ
自殺を考えている人に山中氏が伝えたいことは、誰にも必ず「共にいてくれる存在」がいるということだ。「人間は『人(ひと)の間(あいだ)』と書いて人間です。人と人との間、関係性があって初めて、個としての『人』が社会的な関係性を持つ『人間』となるのです。そして、そうするときに生きがいや喜びを感じるのです。私たちが信じるイエス・キリストも『インマヌエル』という別の名があり、これは『神、われらと共にいます』という意味です。皆さんにもきっと『共にいてくれる存在』がいるはずですから、その存在を見つけてほしいというのが願いです」
また「生きているのではなく、生かされている」ということも、山中氏が伝えたいことの一つだ。「今生きているのも、命を与えられ、家族や友人がいて、社会のサポートがあったから。究極的には、命は神様が与えてくれたもので、すべての命は神様の愛の中で生かされている。言葉ではうまく伝わらないと思いますが、だからこそ、『生きているのではなく、生かされている』ということを、人との関係の中で実感してほしいのです。家族や友人、他にもいろいろな人がいると思いますが、あなたが『人間』となれる相手がどこかにいるはずです」