いきなりだが、私はチョコ菓子が大好きである。特に「きのこの山」「たけのこの里」は、形もユニークで味もなかなかいい。子どもの頃から、チョコ菓子といえば、この2つだった。
ところが(私にとっては)最近、「大人のきのこの山」「大人のたけのこの里」という商品を見つけた。量は少し少なく値段は少し高めであるが、食べてみるとなかなか味わい深い。特徴の一つに「甘さ控えめ」というのがある。前述した2つのチョコ菓子は、子どもたちが食べやすいよう、甘さを優先している気がする。しかし「大人の――」シリーズは、チョコの風味は増しているのに、甘さが控えめになっている。たくさん食べるわけではなく、1粒、2粒を口にするのだが、一つ一つに洗練されたこだわりを感じられる。
こんなことばかり書いていると、チョコ菓子の評論をしているように間違われてしまうので、本題に入ろう。7月10日より公開の「WAVES/ウェイブス」である。宣伝のポスターに「一生に一度の傑作!」と掲げられているが、決して誇大広告ではない。監督は、かつて名匠テレンス・マリックの下で映画製作に携わっていた31歳の若き新鋭、トレイ・エドワード・シュルツ。本作では脚本も同時に彼が手掛けている。前作「イット・カムズ・アット・ナイト」は、ジワジワと心をむしばむようなホラーだったが、今回は一転して、自身の伝記的な人間ドラマを作り上げている。
物語は、アフリカ系米国人の裕福な家庭に生まれた兄タイラーと妹エミリーを主人公としている。面白いのは、前半が兄を主役にし、後半は妹にフォーカスを当てているという点である。兄は学業優秀、スポーツ万能、さらにイケメンでピアノも情感豊かに弾きこなす腕を持っている。そして恋人となっているのが、誰もが羨む高校一の美女なのだから、まさに「絵に描いたようなリア充」である。
そんなハイスクール・デイズを謳歌(おうか)していたタイラーだったが、恋人の妊娠発覚から急に風向きが変わっていく。そしてついにとんでもない事件を引き起こしてしまうことになる。作品ではここまでの過程を丁寧に描き出しているため、観ている私たちはいつしか彼に感情移入してしまう。そして訪れる「事件」を前に、タイラーと同じく打ちのめされてしまうだろう。
事件から1年後、今度はエミリーを主人公とした「第二部」が幕を開ける。こちらは兄とは対照的なストーリー展開を見せる。最初は、兄が引き起こした「事件」によって完全にバラバラになってしまった家族が描かれる。しかし、やがて一つの出会いを通してエミリーが回復の歩みを始めることになる。それは単に自分自身の癒やしのみならず、周囲の人々をも巻き込む「大きな波(WAVES)」となっていくのだった――。
映画の冒頭、タイラーとエミリー、そして両親が、教会の中で礼拝をささげているシーンがある。クリスチャンホームの事情は国を選ばないようだ。彼ら一家もご多分にもれず、両親は熱心だが、子どもたち(兄妹)は上の空で牧師の話を聞いている。このシーンが冒頭に置かれていることに意味がある。説教している牧師は、コリントの信徒への手紙一13章からこう語っていた。
「私たちの前に、愛と憎しみがある。愛(love)も憎しみ(hate)も同じ4文字だ。でもまったく異なった結果を生みだす。だから私たちは、努めて愛を求めていこう。実践しよう」
これが本作の隠れたテーマとなっている。前半、すべてが順風満帆に行っていると思えていたその時から、崩壊へのカウントダウンは始まっていた。それは隠されてはいたものの、父子の不和であり、恋人同士の自分勝手さである。すべてが「憎しみ」へと向かうとき、すべてを破壊してしまう結果となる。だが、それで散り散りになってしまったかに見えた家族が、「愛」という方向へ向かうとき、異なった様相を見せていく。しかし、これみよがしの「福音」の提示や「神の奇跡」などまったく起こらない。すべてが自然に、そして控えめに流れていくのだ。
昨今、キリスト教映画が日本でも公開されるようになった。これは一重に日本の配給会社と掛け合ってくださる人々の尽力と祈りの賜物である。心から感謝したい。しかし同時に、この手の「キリスト教映画」は、あまりにもはっきりと「神」とか「福音」を提示するため、日本の観客にとって唐突感が否めない。私は長年、この辺りを懸念していた。
「大人のきのこの山」ではないが、もう少し「控えめながらもインパクトを与える」ことのできる「大人の」キリスト教映画はないものだろうか、と。例を挙げるなら、ブラッド・ピット主演の戦争映画「フューリー」などは、これに該当する素晴らしい「キリスト教映画」である。
そして数年ぶりに、ついに巡り合ったのが本作「WAVES」である。しかも、「フューリー」とは異なり(こちらは戦争映画における勇気を語っている)、「愛」を真正面から描きつつ、神の愛をそこはかとなく(甘さ控えめに)感じさせるこのさじ加減は、まさに職人芸の域である。
もしかしたらシュルツ監督は、このことに気付いてすらいないのかもしれない。それくらい自然に「教会」や「聖書の言葉」が出てくるし、しかもそこに現代の米国のさまざまな問題がリアリティーある形で盛り込まれている。具体的には、妊娠中絶、ドラッグ、DV、宗教間対立、家族の崩壊、経済格差である。もしも彼が意識しないで、正真正銘の「自伝的」ということだけで本作を作り上げたのだとしたら、それこそ「無意識に信仰が盛り込まれた」という意味で、正真正銘の「キリスト教映画」と言えよう。厳格な信仰者の両親に育てられ、それに反発するも、崩壊しつつある家族の様相を見て、あらためて「信仰」の大切さに立ち返る。しかもその立ち返りを「宗教的言語やロジック」で語るのではないとしたら、これこそ本物の「ナチュラルな信仰者」といえるだろう。
これこそ、未信者の日本人に「訴え掛ける」映画ではなく、未信者の日本人たちが「自ら問いたくなる」キリスト教映画である。
カメラワークの斬新さや31曲にもわたるBGMチョイスのオシャレ感など、多くのレビューではそういった外見的な作りに言及されている。しかし、本作は「聖書が語る愛」について、その恵みを知らず知らずに受けて育ってきた一人の青年監督の「信仰告白」となっている。
ぜひ、「大人の」キリスト教映画を、クリスチャンであるなしを問わず、一人だけではなく誰かと一緒に鑑賞してもらいたい。本年屈指の傑作である!
■ 映画「WAVES/ウェイブス」予告編
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